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11平成27年月号平成27年11月1日発行広報o5...沖縄県多良間村2016/09/21

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11
平 成 27年
月号
平成27年11月1日発行
広報
No.500
発行/多良間村役場・編集/総務財政課広報係 〒906-0692宮古郡多良間村字仲筋 99-2☎ 0980-79-2011
輝く!
家庭のふれあい
「日本で最も美しい村」連合に加盟
しています。
多良間村は、
39番目の
多良…

…の
多良間村民運動会
 平成 年度多良間村民運動会が去る文化の日に、小学校
グラウンドで開催された。「スポーツをとおして村民の健康
平成
27年度
 全 種目の競技を各区代表選手、1140名余が競争に
挑んだ。糸繰り競争、ナワナイ競争、竹馬競争、ワーガニマー
い」と激励した。
た い。ま た、大 会 終 了 後 は「 ゆ が ぷ う 」雨 が 降 る よ う 願 い た
 開会式で伊良皆光夫村長は「爽やかな秋晴れのなか、村民
皆さんが一つになり、楽しく健康づくりに取り組んで頂き
の活性化を図る目的で行われた。
増進と心のふれ合い・明るい平和で豊かな地域づくり」と村
27
 また運動会終了後には、じゃんけん大会が行われ、兼浜自
転車店から賞品として、子供用と大人用自転車が各 台提
を流した。
ス、ギッチョウ等々で熱戦を展開し、秋空の下、爽やかな汗
20
 結果、自転車を獲得した方は、幼稚園児の浜川亮磨君、大
人用は中学生の親里蓮音君でした。
戦した。
供された。参加者らは自転車獲得を目指し、じゃんけんに挑1平成27年11月1日
広報たらま
(2)
世の中には人を傷つけたり、い
の当たり前のことが守られずに
由、平等の権利とあります。こ
が生きて行くために必要な自
みました。人権とは私たち人間
ます。
あこがれや尊敬の念を培ってい
うことで、先輩や大人に対する
からいろんなことを教えてもら
います。子ども達は地域の大人
執り行われ伝統文化を継承して
し、小・中学生や島外の学校の
  人 権 擁 護 委 員 の 委 嘱 を 受 け、
あらためて人権について考えて 先生方の協力も得ながら祭りが
運んで来てくれました。何気な
お母さんが残りの荷物を車まで
た車に積み込んでいたら、若い
す。運動会では、幼稚園、小学
プレゼントをして喜ばれていま
者に温かい帽子や靴下の手作り
がしたいとデイサービスの利用
  代の女性がこの年までお世
話になった先輩や地域に恩返し
友人との絆を深めています。
に浸透できるよう、もう一人の
考 え よ う 相 手 の 気 持 ち  育 て よ
う 思 い や り の 心 ~」を 島 の 人 々
ありました。
 私は、これから微力ながらも、
平成 年啓発活動重点目標の
 先日私は、心温まる体験をし
ました。買い物をして少し離れ 「 み ん な で 築 こ う 人 権 の 世 紀 ~
校の子ども達に学用品の贈呈も
委員と共に宮古島市の委員や法
す」とお礼の言葉もありました。
感動した。ありがとうございま
んな素晴らしい催しは初めてで
ト終了後には、一般の方から「こ
に伝えてくれました。コンサー
気持ちになれることを子ども達
他人に対して思いやりのある言
助 け ら れ た り し な が ら、 近 隣、 が ら、 夢 を 持 つ こ と の 大 切 さ、
ろんなトラブルから人権侵害に
 また、島には高校がなく子ど
も達は、中学校を卒業したら進
く自然体で周りをみて行動に移
務局、役場の指導や協力を得な
人権週間にちなんで
発展するケースもあり、その解
学のために親元をはなれなけれ
せる彼女に感心しました。日々
葉使いをすることで、やさしい
決のために相談にのったり、法
歳で島を出て
~島で育つ人権の心~
務局や関係機関への橋渡しをす
ばなりません。
多良間村人権擁護委員 垣花奈緒子
るのも人権擁護委員の活動の一
つです。
親は日頃から自立するための躾
自炊しながら学校生活を送るこ
に立ちたいとの思いが芽生える
とで自分も何かしたい、人の役
をしてみませんか。お話をする
  困 っ た こ と、 気 に な る こ と、
悩み事があれば相談に来てお話
などがあります。村の代表的な
して学校や地域での行事、神事
多々あります。島には年間を通
権が自然に守られていることが
す。農作業の面では、機械化が
  子 育 て も 島 中 が 顔 見 知 り で、  ラジオでも活躍中の盲目の歌
声を掛け合って見守ってくれま 手、大城友弥さんを招いて子ど
送り出します。
も達への人権講話やコンサート
行事として、国指定重要無形文
と は、 並 大 抵 の こ と で は な く、 隣人への感謝の気持ちを持つこ
も健在です。お互いに助けたり、 の中で自分の生い立ちを話しな
 垣花奈緒子・手登根健市です。
*多良間村人権擁護委員は、
ます。
の糸口がきっと見つかると思い
ことで気持ちが楽になり、解決
行っていきたいと思います。
の 暮 ら し の 中 で、 家 族・ 友 人・ が ら、 人 権 相 談 や 啓 発 活 動 を
 多良間島という風土の中で子
ども達への人権教育や大切な人
や教育、精神力を身につけさせ
ものです。
27
70
化財である八月踊りです。年々、 進む中ではあるが「ゆいまーる」 が多良間島でありました。講話
人口減少に伴い演じる人が不足
(3)
15
平成27年11月1日
広報たらま
平成27年11月1日
催)が村多目的広場で開かれた。
  第 回 多 良 間 ピ ン ダ ア ー ス 大 会( 多
良 間 村 観 光 協 会 主 催・山 羊 生 産 組 合 共
した。また、ヤ
荒鷲号が優勝
男さん所有の
で は、運 天 辰
優 勝。重 量 級
所有のヤギが
す。」と 呼 び か け た。伊 良 皆 光 夫 村 長 は 方 言 で
  開 会 式 で 本 村 所 長 は「 今 日 は い つ も よ り 園
児 た ち が 笑 顔 で 輝 い て い る。応 援 お 願 い し ま
イサー、玉入れ、ダンスなどを元気に行った。
こ う 」を テ ー マ に
け園児たちを励ました。「家族のふれあいで輝
(本村芳子所長)
で運動
 去る 月、村立保育所
会が開催され、地域の方や保護者らが駆けつ
村立保育所運動会
 同大会は、「たらまピンダ」をPRし
付加価値を高めながら、山羊の生産向
ギの鳴き声大
あいさつ「今日はおじいさん、おばあさん達も
下地雅晴さん
上や観光振興を図ることを目的に展開
会 も 行 わ れ、
55
69
70
40
54
人の園児が駆けっこやエ
する。
けた。
と呼びか
てほしい」
盛り上げ
れからも
すごい、こ
アースは
は「ピンダ
し ぇ ー」
満しぇん
れ た「 川
て委嘱さ
期 待 さ れ る。「 た ら ま ピ ン ダ 大 使 」と し
 今大会は、軽量級で初出場が目立ち、
次回大会はより一層の盛り上がりが
き声」でそれぞれ1位になった。
人の部では、池間和彦さんが「空腹の鳴
は大きな声で笑ったり、まねしたり、和やかな
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子供の部では
 大会は体重別で競い、軽量級 ~
㌔、中量級 ~ ㌔、重量級 ㌔以上で
野原雫さんが
競い合い、軽量級と中量級でそれぞれ 「かわいい子ヤギの鳴き声」で、また大
第 回多良間ピンダアース大会
初出場目立つ
広報たらま
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開会式であった。
し た。方 言 の あ い さ つ を 聞 い た 園 児 た ち か ら
応援に来ています。元気よく頑張って」と励ま
35
10
(4)
の 範 囲 で 広 が っ て い る の で し ょ う か? 今 ま
て い る の で し ょ う か? そ し て、 ど れ く ら い
しかし、実際にはどのようなモノが海に残っ
が地元ダイバーによって発見されています。
また、水中にも当時の遺物が残っていること
でも海岸では陶磁器のカケラなどが散乱し、
歴 史 資 料 な ど か ら 見 る こ と が 出 来 ま す。 今
良間島の人々が乗組員を救護した話は、村の
  1 8 5 7 年、 3 本 マ ス ト の オ ラ ン ダ 商 船
ファン・ボッセ号が高田海岸沖に座礁し、多
水中の探査は様々な機材を船に取り付け て 行 い ま す。 今 回 の 調 査 で は、 最 初 に 海 底
宝」だと言えます。
の史跡は全国的にも珍しい「歴史を実証する
所 は 数 件 し か あ り ま せ ん。 つ ま り、 多 良 間
そ し て、 ダ イ バ ー が 訪 れ る こ と が で き る 場
もこのように沈没船が史跡として登録され、
し て 登 録 さ れ て い ま す。 実 は、 日 本 国 内 で
は 村 指 定 文 化 財「 オ ラ ン ダ 商 船 遭 難 の 地 」と
多 良 間 が 選 ば れ た の で し ょ う か? 高 田 海 岸
水中遺跡の探査は日本国内で年間1~2 件 程 し か 実 施 さ れ て い ま せ ん が、 ど う し て
遺跡の性格を知るための充分な情報を得る
ができるかもしれません。今回の調査では、
当時の様子を知る手掛かりを見つけること
査 な ど を 行 う こ と に よ り、 積 み 荷 の 一 部 や
バーによる確認や金属探知機を使用した調
う で す。 今 後 は 考 古 学 の 経 験 を 積 ん だ ダ イ
の下に遺物が溜まっているところもあるよ
流 さ れ た と 考 え ら れ ま す。 し か し、 ま だ 砂
  フ ァ ン・ ボ ッ セ 号 は 沈 没 し た 後、 バ ラ バ
ラになり遺物の多くは過去150年の間に
の マ ッ プ を 作 製 し ま し た。 海 の 中 で は 光 が
 多良間に滞在中、海の調査だけでなく、島
の歴史資料や史跡などについても勉強をしま
ことが出来ました。
で誰もそれを調べた人はいませんでした…
去 る 月 下 旬、 九 州 国 立 博 物 館 が 多 良 間 島で音波装置などの水中探査機材を用いて
した。多良間村の資料によると、 ~ 世紀
にかけて 件ほどの座礁・沈没の記録があり
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中探査機材を用いて高田海岸沖の3次元海
と に な り ま し た。 調 査 の 目 的 は、 最 新 の 水
ン・ ボ ッ セ 号 に 関 す る 遺 跡 の 調 査 を す る こ
例として、九州国立博物館が主体となりファ
い く の か を 検 討 し て い ま す。 そ の 調 査 の 一
から日本でどのように水中遺跡を保護して
委員会」を設置し、様々な調査を通してこれ
年度より「水中遺跡調査検討
そのような組織は未だありません。そこで、
門 と す る 国 の 機 関 が あ り ま す が、 日 本 で は
中 国 や 韓 国、 欧 米 諸 国 は 水 中 の 考 古 学 を 専
はこの分野の研究があまり進んでいません。
そ の 研 究 対 象 と な り ま す。 し か し、 日 本 で
り ま す が、 水 中 に あ る 遺 跡( 沈 没 船 な ど )も
大きな遺物などは発見されませんでしたが、
を 調 べ ま し た。 そ の 結 果、 船 体 の 一 部 な ど
状 況 と、 何 か 大 き な モ ノ が 埋 ま っ て い る か
殊 な 装 置 を 使 用 し、 海 底 面 よ り も 下 の 堆 積
ま せ ん。 最 後 に、 海 底 断 面 を 可 視 化 す る 特
セ 号 の 積 み 荷 で あ っ た の か、 定 か で は あ り
なものもありましたが、これは、ファン・ボッ
所 を 確 認 し ま し た。 ま た、 鉄 製 の 箱 の よ う
影 し、 陶 磁 器 の カ ケ ラ が 散 ら ば っ て い る 場
中ロボットを使い海底の様子をビデオに撮
確 な 位 置 を 知 る こ と が 出 来 ま す。 次 に、 水
た と き に、 こ の マ ッ プ に 記 入 す る こ と で 正
と が 出 来 ま す。 何 か 貴 重 な モ ノ が 発 見 さ れ
底 の 起 伏 を 捉 え、 3 次 元 の マ ッ プ を 作 る こ
す。 音 の 反 射 す る 速 度 と 角 度 の 違 い か ら 海
います!
間から水中考古学者が育つことを期待して
か っ て も ら え た か と 思 い ま す。 将 来、 多 良
レ ゼ ン テ ー シ ョ ン で は、 歴 史 の 大 切 さ を 分
生を対象に行った水中考古学についてのプ
を 過 ご す こ と が 出 来 ま し た。 村 の 中 学 2 年
多良間での滞在は1週間と短かったです が、 島 の 皆 様 の 協 力 に よ り、 有 意 義 な 時 間
良間の沖に存在しているのでしょうか?
場所が数か所あるようで、他にも沈没船が多
ました。多良間のまわりには、遺物が拾える
り、海岸で拾った遺物などを見せていただき
ます。また、村の人々にも話を聞く機会があ
さらには、海の難所であったことを示してい
多く、帆船の時代には多良間が海の道にあり、
ました。これは、国内の他の海域に比べても
文化庁が平成
底 地 形 図 の 作 成、 水 中 遺 物 の 確 認、 海 底 面
そのため、音波探査
(ソナー)
が良く使われま
18
海底の状況を詳しく知ることが出来ました。
40
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聞 く と、 土 の 中 の 遺 跡 を 掘 る イ メ ー ジ が あ
屈折してしまい、また、GPSも使えません。
九州国立博物館 研究員
「 水 中 考 古 学 」調 査 を 行 い ま し た。 考 古 学 と
佐々木蘭貞
より下にある堆積層の確認です。
(5)
オランダ商船
ファン・ボッセ号
調査報告
25
平成27年11月1日
広報たらま
広報たらま
平成27年11月1日
多良間小学校
黒糖づくり学ぶ
  村 立 多 良 間 小 学 校 4 年 生 児 童(
名)を対象に、沖縄県や製糖工場、村産
業経済課が、
「黒糖の日」関連で黒糖消
費拡大キャンペーンとして黒糖づく
り体験を行った。
 サトウキビを一本々圧搾し鍋で煮
詰め黒糖が出来るまでの工程を体験。
夢パティオの体験棟で、製糖工場の職
員が作業工程を説明しながら、絞った
糖汁を煮詰め飴状になった「アミジャ
タ」や鍋の底についた「ナビガーラ」な
ど、出来たての黒糖を味わった。
 また、体験後に来間春誠工場長がミ
ニ講話を行い、多良間の黒糖について
よ り 深 く 学 ん だ。児 童 か ら は、い ろ ん
な質問があり来間工場長はこれに答
えた。
 沖縄県内には、8つの島で黒糖が生
産 さ れ て い る。( 多 良 間 島、伊 平 屋 島、
伊江島、粟国島、小浜島、波照間島、西
表 島、与 那 国 島 )去 る 年 産 に お い て
は、県内の黒糖生産量は多良間島が4
割を占めている一大産地であること。
( 7、1 2 6 ㌧ 内 多 良 間 産 2,8 8 8
㌧)サ ト ウ キ ビ の 品 種 に よ っ て、出 来
上がる黒糖に特徴があり、またミネラ
ル分などの成分が異なり色や味が違
う 黒 糖 が 出 来 る。2,8 8 8 ㌧ の 黒 糖
を造るのにサトウキビの立毛本数は
7、500本と試算すると、約2億本。
 多良間島産の黒糖は全サトウキビ
農家がエコファーマー認定を受けて
お り、食 の 安 心・安 全 で 自 信 を 持 ち 全
国へ出荷していると児童等の質問に
答えた。
15
26
●村政へのアイディア
(提案)
募集●
 「たらま」大好き皆様から村政に対して、『こうしてほしい』
『ああしてほしい』
『こういうことがあれば
いいな』
『こういうことができれば便利だな・役立つな』など、どんなささいなことでもアイディア(要望)
を募集します。記1.募集期間 年中いつでも受付します。
2.募集方法 ●村代表へのメールアドレス soumutrm@vill.tarama.lg.jp
      ●投書箱:村役場玄関前に設置!
      ●村役場総務財政課への手紙・FAXなど方法は問いません。
       〒906-0602多良間村仲筋99-2番地 多良間村役場総務財政課
       電話:0980-79-2011FAX:0980-79-2120
3.回 答  採用できるか・できないか、村の考え方を広報誌に掲載します。
多良間村人口ビジョン・
総合戦略策定に係る
アンケート調査協力について
 多良間村の課題である少子高齢化の進行及び人口減少
に歯止めをかけ、本村の特性を生かした将来にわたって活
力のある地域社会を実現するために、
「多良間村人口ビジョ
ン・総合戦略」の策定を進めているところです。総合戦略
の策定において、住民のみなさまにご意見をお伺いしたい
と思っております。つきましては、アンケート調査を12月から
1月にかけて行う予定ですのでご協力お願い致します。
担当:総務財政課 本村 聖
申年トゥイ会祝について
『さる年生まれ集合!』
記念撮影
日時:平成28年2月20日(土)午後1時~
場所:多良間小学校中庭にて
祝賀会
日時:平成28年2月20日(土)午後3時~
場所:多良間村コミュニティー施設
お問合せ
会長:亀川一成 ☎090-8293-9304
副会長:大浜敏幸・東風平雅樹・仲宗根恵
事務局:島袋雅也・志堅原誠 ☎︎090-8293-9304
(6)
広報たらま
平成27年11月1日
子宮頸がん予防ワクチン接種後の
体調の変化に関する状況調査について
●アンケート調査は、対象者53人に対し、回答は13人
(回収率24.5%)でした。
●まだ3回すべての接種を終えていない8人に対し
「2回目、3回目の接種を希望するか」の質問には、
「希望しない」が7人、
「どうするか検討中」が1人、
「副反応の問題が解決されるまで接種は見送る」0人、
「3回目まで接種する予定」0人でした。
●ワクチン接種後の体調の変化については、
「はい」が2人、
「いいえ」が11人でした。
●症状については、延べ人数で
「注射部の痛み、かゆみ」が2人、
「注射部の腫れ、あかみ」が1人でした。
●症状の期間については、
「2日以上1週間未満」が2人でした。
●ワクチン接種について意見を記入した人は0人でした。
*平成25年3月31日までに、市町村の助成により、ヒトパピローマウイルスワクチン、ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチ
ンのいずれかを接種した方のうち、接種後に何らかの症状が生じ、医療機関を受診した方は、接種との関連性が認定さ
れると、医療費・医療手当が支給される場合がありますので、お心あたりのある方は、具体的な請求方法等について、
独立行政法人医薬品医療機器総合機構の救済制度相談窓口(フリーダイヤル)0120-149-931?ご利用になれない場合は
03-3506-9411(有料)にお問い合わせ下さい。
多良間村役場 住民福祉課(保健師:青柳)☎79-2623
12月1日は「世界エイズデー」
AIDS IS NOT OVER だから、ここから
 エイズは、
「後天性免疫不全症候群」ともいい、HIV(エイ
ズの原因ウイルス)に感染することによっておこる病気です。
 沖縄県は、全国的に見てもHIV/エイズの報告数が多い地
域となっています。
 平成26年(2014年)の報告数は33例(HIV感染者22例・
エイズ患者11例)で、過去最高となっています。
 HIV新規感染者は、20~50歳代に幅広く分布し、また診
断時にすでにエイズを発症している事例が増加しています。
 たとえHIVに感染していても、早期に発見し適切な治
療を始めればエイズの発症を遅らせることができ、感染前と変わらない生活を送ることも可能です。
 宮古保健所では、世界エイズデーにあわせて、無料・即日・匿名検査の拡大を実施します。今回は夜間検査も
行っています。
●11月30日
(月)~ 12月4日
(金)午前9時~ 11時 午後1時~3時
●夜間検査
(要予約)
:12月1日
(火)
・12月3日
(木)午後6時~8時 ●場所:宮古保健所1階検査室 ☎︎73-5074
*HIV検査のほかに梅毒検査・クラミジア検査・肝炎検査についても、希望者には実施します。
*通常は、毎週火・木が検査日です。
病害虫まん延防止にご協力を!
 移動規制の対象地域から以下の持ち出せないものが届いた場合には、植物防疫所にご連絡をお願いします。
移動規制の対象地域及び持ち出さないもの
*沖縄県全域、奄美群島、トカラ列島、小笠原諸島、徳之島、沖永良部、与論島など
*サツマイモ・ヨウサイ・グンバイヒルガオ・モミジバヒルガオ・カンキツ類・サルカケミカン・ワンピなど生植物等
詳しくは下記へ
農林水産省植物防疫所 宮古島市平良出張所:☎︎0980-72-2433http://www.maff.go.jp/pps/
(7)
字仲筋 村山 春憲 平成27年10月3日(76歳)
字塩川 渡口 セツ 平成27年10月7日(85歳)
(  )内は前月比
おくやみ
警 察 官 派 出 所 (79-2010) 110番
は 秘 密 会 合 の「 不 都 合 な 真 実 を 」
御用学者も迎合し大筋合意を
を ひ た か く し、 大 手 マ ス コ ミ、
あり」。大正4年衆議院議員総選
んしゃく)をよこいととし色気を
 宮武外骨(みやたけがいこつ)。
こ の 一 風 変 わ っ た 名 前。 幼 名 を た て い と と す。 過 激 に し て 愛 嬌
亀 四 郎 と い っ た。 亀 四 郎 の 亀 が
年。 明 治 か ら 大 正
乗り選挙違反を片っ端から告発
年に亡くなり、 る )・ 選 挙 違 反 告 発 候 補 者 」を 名
た悪いものを払いのぞききよめ
先 駆 け で、 奇 人 に し て 反 骨。 投
を 加 え た。 新 聞 記 者・ 編 集 者 の
言 論 に よ り 追 求 し た。 権 力 や 権
メディアを含めた権力の腐敗を
政 治 家 や 官 僚、 行 政 機 関、 マ ス
る。「沖縄の二紙はつぶさないと
に至る」現在にも通じる警句であ
などを書きたてて厳しく責める) な り、 編 集 部 が 営 業 部 に さ る る
威に容赦のない筆誅(欠点や罪悪
いけない」「マスコミを懲らしめ
し て 以 来、 主 張 も 見 識 も ゼ ロ に
 反権力の筆は大手商業紙にも
向かう。「新聞社が営利事業に化
た。
はないでしょうか。
選挙で監視する必要があるので
民一人一人が政治に関心をもち、
い。 そ う な ら な い た め に も、 国
暗黒の世界となることは免れな
だ ろ う か。 も し そ う で あ れ ば、
規 制 が 横 行 す る、 近 未 来 の 日 本
や 政 治 家。 首 相 官 邸 の 歓 心 を 買
勇ましい)に屈せず富貴に淫せず
「威武(いぶ)
(勢いが盛んで強く
か 想 像 に 難 く な い。 日 本 の 将 来
コミにどんな紙つぶてを投げた
が い た な ら ば、 時 の 権 力 と マ ス
社会を暗示しているのではない
獄 さ れ る こ と 実 に 4 度。 新 聞・
ろ」と言ってはばからない著名人
数えた。
政 治 家 や マ ス コ ミ 幹 部。 政 府 の
( 溺 れ ず )、 ユ ス リ も や ら ず ハ ッ
。政府
を左右しかねない
浴 び た。 編 集 方 針 に 味 が あ る。 マ ス コ ミ。 今、 外 骨( が い こ つ )
うために姑息な言動を繰り返す
  官 僚 政 治 を 嫌 い、 資 本 家 の あ
く ど い 所 行 を た た い た。 強 烈 な
顔色をうかがい自主規制に走る
17
毒舌と風刺で一般大衆の喝采を
書籍など廃刊処分は実に
回を
国家による思想検閲やメディア
  強 行 採 決 さ れ た 安 保 法 制、 国
会議員による報道圧力発言など、
うか。
いかくせい)(これまでにたまっ ( あ の 世 )で ど う 感 じ て い る だ ろ
謀 っ た。 外 骨( が い こ つ )は 泉 下
歳の時に戸籍上の
挙 に 立 候 補 し「 政 界 郭 清( せ い か
ち な ん で、
今年で没後
30
にかけ、ジャーナリストとして、 した。落選運動の走り的存在だっ
60
たという。昭和
本名を“外骨(がいこつ)”に改め
17
“ 外 骨 内 肉 ”の 動 物 で あ る こ と に
村長のたうけーむぬゆむ゜
(ひとりごと)
タリもせず、天下独特の癇癪(かTPP(平成27年10月末現在)
※緊急の場合以外診療時間内
 での受診を心がけよう
ガス専用JA多良間  090-6859-2355213
死 亡
転 出06
出 生
転 入
火災・救急 ワンクッションコール 119番
総世帯数 524(- 3)
1,197(- 9)
総人口
女 555
男 642月29件
火災・救急ワンクッションコール:
119
急病人 多良間診療所
79-2101
◆時間外救急受付
歯科診療所医師
79-2162
◆救急車出動
1件
停 電 沖縄電力多良間営業所
79-2147
◆ヘリ搬送
1件
断 水 役場住民福祉課
79-2623
家畜疾病 役場産業経済課
79-2503
人 口
世帯数
66(- 2) 31(- 2)
94(- 2) 39(- 2)
107(- 1) 52(- 1)
69(- 2) 30( 0)
147(- 1) 65( 0)
193(- 1) 93( 0)
296( 4) 123( 2)
220(- 4) 87( 0)
5( 0)
4( 0)
区 別
土 原
天 川
津 川
宮 良
嶺 間
大 道
大 木
吉 川
水 納
救急に関すること
(10月)
緊急ダイヤル
世 帯 数 と 人 口
10
平成27年11月1日
広報たらま
(8)
○○○
平成27年10月8日から・・・・と掲載しましたが、正しくは、
平成27年10月9日から・・・・の誤りです。訂正してお詫びします。
※‌村の業務以外の意見や特定の人への中傷、営利目的
などの内容は受け付けません。
広報たらま10月号において、4??ージ掲載の
「沖縄県の最低賃金」で
 どうぞ、
ご遠慮なくご意見をお寄せください。
お詫びと訂正
役場玄関にご意見箱を設置しました。
裏 に か く し た 娘 の 名 を 呼 び 呼 び、
樽 を 開 け た と こ ろ、 な ん と か わ い
い娘の死骸もなかった。ユヌスは、
涙ながらに娘を雨乞祭りの犠牲者
として、ウイダペーに葬った。
 その後ユヌスは島の人に雨乞祭
り と ニ リ を 教 え た が、 彼 も ま も な
く 娘 の 後 を 追 う よ う に、 こ の 世 を
去 っ た。 島 の 人 た ち は 悲 し み な が
ら死んだ娘と同じところに葬った。
それからは親と娘二人を雨乞の神
と 祭 っ て い る。 永 い 干 ば つ が 続 く
と 島 民 は お 参 り し、 ニ リ を 唱 え 恵
みの雨を乞うのである。○・ウペーガラユヌスが島の人に教えた「ニリ」(神歌)の一部を紹介する。 一、おそれおおいことですが
   雨をめぐみ給え
  申し上げるのもおそれおおいが
   雨をめぐみ給え
二、おそれおおいことは知らずに
   雨をめぐみ給え
  やむをえず申し上げます 
   雨をめぐみ給え
三、運城御嶽におられる神よ
   雨をめぐみ給え
  うぷ御嶽にお出になる神よ
   雨をめぐみ給え
(9)
せ た メ ー ラ パ イ だ っ た。 目 尻 を 下
げ て 笑 っ て い た。 舌 打 ち し た ユ ヌ
スは、仕方なく乗せることにした。
ユ ヌ ス の 心 は、 船 に 乗 っ た 時 か ら
すっかり変わっていた。
  や が て 多 良 間 島 に 上 陸 す る と、
一 足 先 に 我 が 家 へ 急 い で 行 き、 娘
に「 こ れ こ れ、 こ れ だ か ら 」と 言 っ
て、 大 き な 樽 で か く し、 メ ー ラ パ
イ を 待 っ た。 メ ー ラ パ イ は、 美 し
い 娘 に 会 え る 喜 び で、 胸 は ト ン ト
ン し、 目 を 細 く し 鼻 の 下 を 長 く し
て、 満 面 微 笑 み を た た え て や っ て
き た。 す る と ユ ヌ ス は、「 ね、 メ ー
ラパイ殿、折角遠方からのご来島、
誠 に 申 し 訳 が ご ざ い ま せ ん。 あ な
た の ご 期 待 に そ い た い が、 数 日 前
から娘は親の言うことに反対しど
こ か に 逃 げ て い る よ う で、 親 と し
て ど う お 詫 び 申 し て よ い や ら 」と。
メ ー ラ パ イ は、 急 に 眉 毛 を つ り 上
げ、 下 唇 を か ん だ。「 よ し ッ、 そ れ
は 貴 殿 の 本 心 だ ろ う な。 こ う な れ
ば 私 に も 覚 悟 が あ る ぞ。 後 の た た
り は 貴 方 の 責 任 だ。 ど う だ ッ 男 に
二言はあるまいな・・・・では」メー
ラパイはゾーリをパタパタ鳴らし
て浜に急いだ。
  ひ や ひ や し て い た ユ ヌ ス は、 心
配 し て い た 娘 の 無 事 を 願 い、 家 の
お寄せ頂き、より良い多良間村づくりに生かすため
雨乞祭の由来
多良間村史
(民話)
より ……………シリーズ②
  多 良 間 の ウ ペ ー ガ ラ ユ ヌ ス、 ト
ユ ン ガ ラ ユ ヌ ス は、 一 人 で 八 重 山
に 行 き、 ウ パ ン ト ヌ ア ヤ ユ ヌ ス、
ウ プ シ ガ キ メ ー ラ パ イ を 訪 ね た。
「ね、メーラパイ様、私の家には年
頃 の 美 し い 娘 が い る。 と こ ろ で 貴
方 が 日 頃、 大 事 に し て お ら れ る 雨
乞のニリを私に教えて下さるなら
ば、 そ の お 礼 と し て、 貴 方 の お 望
み 通 り に 進 ぜ ま し ょ う。 ま た お か
げ 様 で、 私 の 生 ま れ 島 で も 豊 年 が
続 き、 御 主 上 納 が、 と ど こ お り な
く 出 来 ま す な ら ば、 貴 方 の お 手 柄
は、 島 の 緑 と 共 に、 い つ ま で も 光
輝 く で し ょ う。」と お 願 い し た と こ
ろ、 メ ー ラ パ イ は、 と び つ か ん ば
か り に 喜 ん で、 す ぐ に ウ ペ ー ガ ラ
ユヌスに教えた。
  そ の 労 を ね ぎ ら い、 感 謝 の 辞 を
の べ た ウ ペ ー ガ ラ ユ ヌ ス は、 や が
て多良間島へ帰る準備をすすめて
い た。 こ の 様 子 を う か が っ て い た
メ ー ラ パ イ は、 だ ま っ て 見 送 る は
ずはない。自分も行く用意をした。
南 風 そ よ ぐ「 か り ゆ し 」の あ る 日 の
早 朝、 浜 に 一 人 急 い で い る ウ ペ ー
ガラユヌスを後ろから呼ぶ人がい
た。 ふ り む く と、 約 束 を 申 し 合 わ
  村民の皆様から村の業務に関するご意見などを
広報たらま 渡久山 春正様(宮古島市在)
寄付金の 上間  麗子様(那覇市在)
お礼
ありがとうございました。
村民ご意見箱を設置(村役場)
平成27年11月1日
広報たらま
広報たらま
平成27年11月1日
119番から始まる命のリレー
〜住む人、訪れる人の安心・安全のために〜
センター119沖縄県消防指令センター
多良間村
火事・救急・救助・ワンクッションコールは
119番へ!
「センター119?運用開始について
火事や急病、けが人が発生した場合の緊急連絡先が変わります。
沖縄県消防指令センターの概要
 沖縄県消防通信指令施設運営協議会とは、多良間村を含む36市町村で構成された電話
通報119番を広域的にあつかう消防指令センターの上部組織です。平成27年11月から沖縄
県消防指令センター「センター119?の一部運用の開始となります。沖縄県消防指令セン
ターは、嘉手納町のニライ消防本部内に設置され、36市町村の救急や火事などの119番通
報を一括で受付し、通報者への口頭指導や、診療所・消防等への関係機関へ連絡し迅速に
対応することが可能な重要な施設となります。
運用が開始になると…
①急患や緊急時の通報先「090-6862-6490?から「119?へ変わります。
②沖縄県消防指令センターから、村内の役場担当(救急)、診療所、駐在への連絡が迅速
になる。
③口頭指導により通報者が処置対応している時に、役場担当(救急)が到着し処置対応を
代わることで、少しでも多くの傷病者が助かる確率がある。
11月4日
(水)からの緊急時の連絡先は、
「090-6862-6490?
(役場)から119
(沖縄県消防指令センター)となります。

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