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12平成26年月号平成26年12月1日発行広報o4...沖縄県多良間村2015/02/07

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12
平 成 26年
月号
平成26年12月1日発行
広報
No.489
発行/多良間村役場・編集/総務財政課広報係 〒906-0692宮古郡多良間村字仲筋 99-2☎ 0980-79-2011絆「日本で最も美しい村」連合に加盟
しています。
多良間村は、
39番目の
広報たらま
多良間村教育委員…

…村教育委員会
教育長決まる
平成26年 第7回
多良間村議会臨時会)59
1120
11
21
19
 去る 月 日多
良 間 村 議 会( 森 山 実
夫 議 長 )の 臨 時 会 が
開催され、伊良皆光
夫村長から教育委
員 会 委 員 の 任 命( 地
方教育行政の組織
及び運営に関する
法律第4条第1項
の 規 程 に よ り )に つ
い て 提 案 さ れ、 委
員に知念信雄氏、池
城三千雄氏、新里五
子氏の三氏が全会
一致で可決された。
  月 日に村議会臨時会において、村当局から教育委
員会委員任命について三氏が提案され全会一致で可決。
翌 日に伊良皆光夫村長は三氏に辞令を交付した。その
後 月 日に教育委員会が開かれ教育長と教育委員長が
互選された。
) 池城三千雄氏(
教育委員長職務代理 教育長
) 新里五子氏(
48
教育委員長
 知念信雄氏(
64
平成26年12月1日
11
19
多良間村 教育委員会からのお知らせ(周知)
 多良間村は、幼稚園の入園料・保育料(10月)及び児童生徒の学校給食費(9月)の無償化が、
平成26年9月18日の定例議会において、決定致しました。
 保護者の皆様には、経済的な負担軽減に大きく貢献するものと期待します。
平成25年度多良間村財政指標について
■平成25年度健全化判断比率
地方公共団体の財政の健全化に関する法律(平成19年法律第94号)第3条第1項の規定に基づく健全化判断比率
(単位:%)
実質赤字比率
連結実質赤字比率
実質公債費比率
将来負担比率
  健全化判断比率--
12.7-  早期健全化規準
15.00
20.00
25.0
350.0
  財政再生規準
20.00
30.00
35.0
備考:健全化判断比率のそれぞれの欄において「-」と表記されている場合は、実質赤字額、連結実質赤字額がないこと及び
   実質公債費比率、将来負担比率が算定されないことを表す。
■平成25年度資金不足比率
地方公共団体の財政の健全化に関する法律(平成19年法律第94号)第22条第1項の規定に基づく資金不足比率
(単位:%)
 特別会計の名称
 簡易水道事業特別会計
資金不足比率
経営健全化規準-20.0
備考:資金不足比率の欄において「-」と表記されている場合は、資金不足額が
   発生していないことを表す。
(2)
17
過去最高の395人多良間路を駆け抜ける
 去る 月8日第 回たら
ま 島 1 周 マ ラ ソ ン 大 会 が、
村 役 場 前 を ス タ ー ト、 ゴ ー
ルする4つのコースで開催
さ れ た。 島 を 1 周 す る ・
3 マラソンで男子初出場
の児玉明紀(宮古島市)が1
時 間 分 秒。 女 子 の 塚 田
恭子(東京都)が1時間 分
秒 で 2 連 覇 し、 男 女 と も
大会新記録を更新した。
 開会式は午前 時に小学
校 グ ラ ウ ン ド で 行 わ れ、 大
会長の伊良皆光夫村長は
「今大会は県内外からの過
去最多出場と言うことも有
り 感 謝 し ま す。 日 頃 の 練 習
成 果 を 十 分 に 発 揮 し、 無 理
なく体力に合わせて多良間
の歴史を感じながら笑顔で楽
しく走ってほしい。」とあいさ
つした。また、会場では村の
イ メ ー ジ キ ャ ラ ク タ ー の「 た
ら ぴ ん 」も 登 場 し 盛 り 上 げ て
くれた。
‌、
 コースは、 ・3?
5 、3 と395人が出 場
し完 走 者は386人で完 走 率
約 %でした。 完走出来なかっ
た方は次 回 大 会にぜひ完 走 を
目指し挑戦してほしい。
 大会後、出場者には多良間
のヤギ汁と牛汁そばが振る舞
われた。疲れ切った身体を回
復 さ れ る た め、 婦 人 会 ら が
作った多良間産黒糖入りぜん
ざ い( サ サ ゲ )も 好 評 で あ っ
た。
(3)
km
98
km
17
11
30
15
17
11
24
51
km
24
km
10
km
*浄水場=Mい 地 震 が 観 測 さ れ、 時
  去 る 月 日、 平 成 年
分に「沖縄本島地方」
「大東島
度 沖 縄 県 広 域 地 震・ 津 波 避
地方」
「宮古・八重山地方」に
難 訓 練 に 伴 い、 多 良 間 村 は
大津波警報が発表されたと
全住民により避難訓練を実
して開始した。
施 し た。 こ の 訓 練 は、 沖 縄
県 地 震 防 災 計 画 に 基 づ き、   参 加 団 体 は、 幼 小 中 学 校
や保育所・社会福祉協議会・
大 規 模 地 震・ 津 波 の 発 生 を
一 般 住 民・ 消 防 団 ら が 指 定
想 定 し、 県 民 等 の 避 難 行 動
された津波避難場所へと駆
に特化した県下全域を対象
けつけた。
とする実践的な訓練を通し
て 地 震・ 津 波 に 対 す る 防 災
多良間島の津波避難場所
意識啓発や津波避難訓練計
画 等 の 検 証 を 行 う こ と に よ (海抜表示M)
は次の通り
り、 地 震・ 津 波 災 害 に か か
*八重山遠見台= M
る避難態勢の向上を図るこ
*父母の森= M
とを目的に実施された。
30
11
26523
28
115訓 練 の 想 定 は、 月 日
時 分に沖縄県全域で強
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平成26年12月1日
広報たらま
平成26年度沖縄県広域地震・津波避難訓練
10
27
33
 去る 月 日に多良間村で平成
年 度 農 業 委 員 研 修 会・ 宮 古 地 区
研修会が行われました。
研 修 会では、 全 国 農 業 会 議・沖 縄 県農業会議・各関係機関の講師による
( )農 業 委 員 会 系 統 組 織 を め ぐ る
   情勢について
( )農地法の適正執行について
( )農 地 中 間 管 理 事 業 の 推 進 に つ
   いて
( )農 業 者 年 金 加 入 推 進 に つ い て
  そ の 他 の 講 義 が 行 わ れ、 新 人 委
員 を は じ め、 多 数 の 委 員 か ら 活 発
な 質 疑 応 答 が 行 わ れ、 各 農 業 委 員
の活動強化、資質向上を図った。
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18
  研 修 会 終 了 後、 意 見 交 換 会 等 も
行われ各委員の交流も深まった。
宮古地区農業委員・多良間開催
(4)
広報たらま
  多良間新製糖工場の
       早期建設を要請
 去る11月17日に宮古製糖株式会社(安村 勇社長)の専務取締
役長濱哲夫と来間春誠多良間工場長が村役場を訪れ、多良間新製
糖工場の早期建設を要請した。
 要請として、「多良間村において古くは明治時代からさとうき
びの栽培がなされ島の産業発展に寄与されてきました。
 現在の工場は、昭和51年12月に完成し今日まで地域の重要な
基幹産業として操業を続けてきました。築38年を経過し建屋及び
設備等の老朽化が進み、設備投資や経営環境にも影響が出ている。
 多良間村の経済発展には、生産農家の所得の向上及びさとうき
び産業の継続発展が重要な事であります。その一翼を担う製糖工
場の役割をご理解いただき新工場の建設を要請する。」とした。
 また多良間地区さとうきび生産組合(本村健次組合長)は「既存
の製糖工場は、機械設備の老朽化や集中脱葉処理施設等は設置さ
れてから、約20年経過しており同様に老朽化が進んでいます。新
工場と同様に、集中脱葉処理施設の新規導入も急がれている。
 さとうきびの安定的な生産及び、「エコ黒糖」のブランド確立の
ため、環境に配慮した宮古製糖多良間工場の建設、集中脱葉処理
施設の新規導入を、早期に実施するよう」要請した。
平成26年12月1日
病害虫のまん延
防止にご協力を!
 移動規制の対象地域から以下の
持ち出せないものが届いた場合に
は、植物防疫所にご連絡をお願い
します。
移動規制の対象地域及び持ち
出せないもの
・沖縄県全域、奄美群島、ト
カラ列島、小笠原諸島、徳之
島、沖永良部、与論島など
サツマイモ・ヨウサイ・グン
バイヒルガオ・モミジバヒル
ガオ・カンキツ類・サルカケ
ミカン・ワンピなど生植物等
詳しくは下記へ
農林水産省植物防疫所
http://www.maff.go.jp/pps/
放送大学4月生募集の
お知らせ
 放送大学では、平成27年度第1
学期(4月募集)の学生を募集してい
ます。
 放送大学はテレビ等の放送やイン
ターネットを利用して授業を行う通
信制の大学です。
 心理学・福祉・経済・歴史・文学・自
然科学など、幅広い分野を学べます。
 出願期間は3月20日です。
 資料を無料で差し上げています。
お気軽に放送大学沖縄学習センター
(TEL:098-895-5952)までご請求下
さい。
放送大学ホームページでも受け付け
ています。
(5)
平成26/27年期
製糖操業は年明け
 宮古製糖(株)多良間工場(工場長 来間春誠)は、平
成26/27年期操業に向けて恒例のボイラー火入れ
式を去る11月18日に行い、工場職員や各関係機関
が参加し、操業中の安全祈願を行った。
 また、12月5日に総合試運転。平成27年1月5
日を操業開始(圧搾)とし、さとうきび搬入予想トン数
を21,000トンとした。
 平成 年度多良間村民運
動 会 が 去 る 月 3 日、 小 学
校グラウンドで開催され
た。
「スポーツをとおして村
民の健康増進と心のふれ合
多良間村民運動会
平成26年度
い・ 明 る い 平 和 で 豊 か な 地
域 づ く り 」と 村 の 活 性 化 を
図る目的で行われた。
 開催にあたり伊良皆光
夫 村 長 は「 爽 や か な 秋 晴 れ
の な か 村 民 皆 さ ん が、 ガ ン
ジュウシャドゥ宝を基本に
体力づくり健康づくりに頑
張 っ て い た だ き た い 」と あ
いさつした。
 全 種目の盛りだくさん
の競技を各区代表が競争に
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広報たらま
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挑 ん だ。 糸 く り 競 技 や 縄 な
いなどは年配の方々がハッ
ス ル! 汐 汲 み や ギ ッ チ ョ
ウ・ ワ ー ガ ニ マ ー ス 競 技 は
若 手 が! 幼 稚 園 児 か ら 老 い
も若きも和気あいあいと楽
しく一日を過ごした。
  村 立 多 良 間 小 学 校( 校 長 森 田 正 人 )
が日本学校体育研究連合会より学校体
育 優 良 校 と し て 表 彰 を 受 け た。 先 に 岐
阜県で行われた全国学校体育研究大会
( 世紀を生きる子どもたちが明るく
スポーツライフを実現することが重要
で、 運 動 の 楽 し さ や 喜 び を 味 わ い 運 動
へ の 関 心 や 意 欲 を 高 め る 事 が 趣 旨。)で
同校の砂川武彦教頭が参加し表彰状を
受けた。
  多 良 間 小 学 校 は「 運 動 の 楽 し さ や 喜
びを味わい、自ら学ぶ児童の育成」を研
究 テ ー マ に 活 動 を 展 開 し て き た。 そ れ
らが認められ沖縄県の推薦で同大会に
参加し、優良校の受賞を受けた。
 砂川教頭は村長室を訪れ受賞の報告
を 行 い、 伊 良 皆 光 夫 村 長 は「 児 童 生 徒、
先生たちの頑張りが受賞へとつながっ
た。 地 域
や保護者
らの協力
もあった
と 思 う。
今回の受
賞を励み
に、 今 後
とも子ど
もたちの
健全育成
に取り組
んでほし
い と 」話
した。
多良間小学校を表彰 体育優良校
21
(6)
は児童生徒らの参列と余興を増
間精一氏が披露。来年の神社祭
 去る 月 日、多良間神社に
おいて氏子や村役場、関係機関・
やしていきたいと参加者らは確
んたばるとぅゆめしょうとくか
うんぐすく
次に「土原豊見親頌徳歌」を掲載
さだわは
えと 
民草永久に 幸歌う
た ら ち ね
仰げ諸人 垂乳根の 
おみや
御親の高い 御徳を
たみぐさ と
常磐に繁る 土原の
なご
山のふもとの 和かげに 
3、 島 と 海 と の  日 に 映 え て
ときわ
民の行く末 いや栄
ちんじゅ
今は鎮守の 守り神
さか
はるかな海の 外までも 
いさお
輝きわたる 勲しは
2、心の光 燈されて 
たつき
のり
生活の法を 伝えられ
とも
思えば御親土原の 
あが
豊見親の徳だ 崇めましょう
おみやんたばる
堅く定めて 建てませる 
村はいや継ぎ 栄えゆく
かた
 村民を代表して伊良皆光夫村
長が祈詞を延べ、参加者全員で
大木となり天高くそびえてい
る。また数え歌は木板に書かれ
奉納されている。
めた。
御嶽を創設して民心の教化に努
だ。また豊見親は運城御嶽・泊
導の下に島の政治に力を注い
 尚真王から多良間島主に命ぜ
られ、豊見親は宮古島の頭の指
た郷土開拓の先駆者である。
集落を現在の集落位置に統合し
諸勢力を統一し、点在していた
リマ村、フタツガー村など島の
世紀に出現し、アマガー村、ハ
土原豊見親頌徳歌と数え歌を合
14
唱した。
 神社には明治 年 月 日植
福木五拾本と書かれた扁額が奉
11
納されている。現在その福木が
36
1、泊の嶽や 運城 
もり やしろそこね杜の社底つ根に
下、参加者らが合掌した。
村民多数が参列し、神社のまつ
10
認していた。
11
りごとを司るニサイガッサの
 多良間神社は土原豊見親を祀
る神社であり、土原豊見親は
15
 豊見親口説の詩、三味線を仲
(7)
平成26年12月1日
広報たらま
合掌・多良 間神 社祭
5
 東京多良間郷友会よりご挨
拶申し上げます。
 日ごとに秋が深まってきま
し た が、 皆 様 に は お 元 気 で ご
活躍のこととお慶び申し上げ
ま す。 日 頃 は、 東 京 多 良 間 郷
友会の活動にご理解とご協力
を賜り心から感謝申し上げま
す。
  ま た、 月 の 月 踊 り の 際
には友人共々踊りを楽しませ
ていただきましてありがとう
ございました。
祝う」第 回多良間まつりを開
催 い た し ま し た。 多 良 間 村 よ
り 伊 良 皆 村 長 を 始 め、 下 地 土
建、 多 良 間 興 産 の 社 長 さ ん 及
び 社 員 の 皆 さ ん。 昭 和 年 同
期 生 の 皆 様 に ご 参 加 を 頂 き、
総勢 200人による多良間小、
中学校校歌斉唱を力強く行っ
て節目の会を締めくくること
が で き ま し た。 こ の 場 を お 借
りしましてお礼を述べさせて
い た だ き ま す。 あ り が と う ご
ざいました。
 「 周 年 記 念 誌 発 行 」に お き
ましても多良間村の皆様には
広 告 や 寄 付 の 形。 あ る い は 記
事や写真の提供に惜しみのな
い ご 協 力 を 頂 き ま し た。 皆 様
のお力添いにより多良間村の
香りがいっぱい詰まった温か
い雰囲気の記念誌に仕上がっ
た こ と に 会 員 一 同、 大 変 満 足
を 致 し て お り ま す。 宮 古 毎 日
新 聞 社 の お 勧 め を 頂 い て、 一
冊 1000円 で の 販 売 を 始 め
た 所 で も あ り ま す。 皆 様 の 心
温まるご協力に心より感謝申
し上げます。
80
81
30
 東京多良間郷友会の結成は、
1 9 3 3 年( 昭 和 8 年 )。 今 年
で 歳を迎えることになりま
す。 結 成 当 時 は、 長 引 く 不 況
で 失 業 者 が 町 に あ ふ れ、 沖 縄
に対する蔑視の風潮もある苦
難の時代でした。
  そ ん な 中、 東 京 で 身 寄 り の
ない多良間出身者 人前後の
人 達 が、 寄 り 添 っ て 励 ま し 合
お う と、 昭 和 8 年 8 月、 青 山
一 丁 目 の 泉 川 春 仁 さ ん 宅 で、
郷 友 会 を 結 成。 初 代 会 長 に 親
里 春 順 氏 が 選 任 さ れ、 仕 事 の
話、 ふ る さ と 多 良 間 の 郷 愁 を
語 り「 石 に 噛 り 付 い て も 」と、
初心を確かめ合い、励ましあっ
て親密に語らったそうです。
  以 後、 第 2 代 目 に 澤 田 朝 序
氏、 第 3 代 目 福 村 朝 祥 氏、 第
4 代 目 富 弘 峻 氏、 第 5 代 目 長
池間常茂氏の歴代会長を中心
に、 会 員 が 一 丸 と な り、 今 日
の郷友会の土台が作られまし
た。 1 9 8 3 年( 昭 和 年 )第
6代目神田玄一会長の就任で
私も役員として郷友会の運営
に 参 加。 第 7 代 会 長 の 村 吉 常
宏に継いで、2008年(平成
年)より現執行部が運営にあ
たっております。
 神田前会長の方針でもあっ
た「宮古連合始め沖縄関係各団
体 と の つ な が り を 深 め、 親 睦
の 他、 学 び 合 い を 大 切 し た 郷
友会活動」を目指して船出を致
し ま し た。 し か し、 不 況 と 郷
友 会 離 れ の 時 代 に 遭 遇。 参 加
者は減少の一途をたどります。
宮古郷友連合会の郷友会の中
に は 単 独 の 総 会 を 諦 め、 合 同
の 会 に 変 更 す る 状 況 と な り、
会 員( 参 加 者 )増 強 は、 喫 緊 の
課題となります。
年の歴史を持つ東京多良 20
8098
 東京多良間郷友会はさる
月 日「 周年記念誌の発行を
16
80
11
会長 土井 幸子
東京多良間郷友会
郷友会
紹介企画
第 回
平成26年12月1日
広報たらま
81
10
58
(8)
間 郷 友 会 は、 他 の 郷 友 会 を 先 導
してきた経緯もあります。「 年
の 歴 史、 先 達 の 尊 い 志 を 閉 ざ す
ことになってはならい」を合言葉
に、 会 の 存 続、 会 員 増 強 の た め
の 手 法 を 模 索。 試 行 錯 誤 の 末、
会員同士の親睦を図るとともに
文化・芸能も普及する「会員の友
人知人も参加できる多良間まつ
り」の開催に踏み切った次第でし
た。
 趣旨に賛同された沖縄本島で
ご 活 躍 の 渡 久 山 英 男 氏、 福 嶺 勝
公 氏、 兼 城 克 夫 氏、 広 島 の 野 原
政 吉 氏、 大 阪 の 清 村 斉 氏 等 歌 者
の先生方にご協力いただいたこ
とで内容も充実。「多良間まつり
は楽しい、多良間はすごい」との
評判を頂いて少しずつ参加者が
増 え、 総 会 に 参 加 す る 会 員 が
人にまで落ち込んだ当初には比
較にならない会として成長して
まいりました。
  ま た、 昭 和 年 生 同 期 生 の 集
団 参 加 を き っ か け に 多 良 間、 宮
古、 沖 縄 本 島、 関 西、 広 島 等 遠
方 の 郷 友 の 参 加 が、 多 良 間 ま つ
り を 盛 り 上 げ、 大 き な ネ ル ギ ー
になりつつあります。
 ネーミングも東京のはいらな
い「多良間まつり」です。今後は、
世 界 多 良 間 人 大 会 の よ う な、 日
本全国の多良間人が集う[オール
多良間]の会に成長してほしいと
願う所でもあります。
  さ て、 多 良 間 村 制 施 行 1 0 0
周 年 の 年 が、 東 京 多 良 間 郷 友 会
周年と重なる歴史にも感慨深
い も の が ご ざ い ま し た。 私 も ご
招 待 を 頂 い て 式 典、 祝 賀 会 に 参
加 さ せ て い た だ き ま し た が、 会
場中央に堂々とした子ども達の
姿 が 印 象 的 で し た。 子 ど も と、
人生の先輩である「目上の方を敬
い、大切に扱う」多良間の崇高な
文化に大変感動を致しました。
  故 郷 を 離 れ、 東 京 に 暮 ら す 私
たちにとって 歳~ 歳までが
集う「トゥイ会」。
「スツウプナカ」
や「 八 月 踊 り 」な ど の 伝 統 文 化、
行 事 を 1 0 0 年 も の 間、 守 り 続
けるばかりか「日本で最も美しい
村」に登録されるほどの美しい自
然 を 守 り つ つ、 農 産 物 の 収 穫 で
も成果を上げていらっしゃる島
の 皆 様 は、 誇 り で あ り、 そ の 頑
張 り に は 心 か ら、 感 謝 と 敬 意 を
表すものでございます。
 「 故 郷 は 遠 き 東 京 に あ っ て は、
思いが強いもの」であり、様々な
文 化、 価 値 の 中 で、 変 わ る こ と
のない大切なものが故郷を思う
心だと、常々考えてもいます。
 記念誌には結の文字がはいり
ました。「多良間村と郷友会のパ
イ プ を し っ か り と 結 び、 交 流 が
さらに深まりますよう」願いが込
められています。
  大 変 恐 縮 に は 存 じ ま す が、 島
を離れた我々が都会の荒波に負
け ず に 頑 張 れ る よ う、 懐 か し く
思い出せる故郷をいつまでも大
切 に し て 頂 け ま す と、 大 変 有 難
く 存 じ ま す。 我 々 は、 生 活 基 盤
を し っ か り 作 る こ と で、 多 良 間
島 の 宣 伝 役 を 担 い、 多 く の 人 々
に多良間島を知って頂いて発展
に役に立てるよう頑張る所存で
ございます。
  多 良 間 島 の 皆 様 に は、 今 後 も
変 わ ら ぬ ご 指 導、 ご 鞭 撻 を お 願
い 申 し 上 げ る と 共 に、 皆 様 の ご
多 幸 を 祈 念 申 し 上 げ て、 ご 挨 拶
と さ せ て 頂 き ま す。 あ り が と う
ございました。
              
東京多良間郷友会会長  
土井 幸子
(9)
平成26年12月1日
広報たらま
23
80
10
80
12
96
 去る 月 日西原町民陸上競技場
に お い て、 在 沖 多 良 間 郷 友 会( 会 長
亀 川 博 薫 )の 第 回 ふ し ゃ ぬ ふ 大 運
動会が開催された。
 「 秋 風 に 走 れ・ 秋 空 に 舞 え 」と 銘
打って秋天高く快晴な中、多くの郷
友が参加し楽しく過ごした。亀川会
長 は、「 爽 や か な 秋 晴 れ の な か 老 い
も若きも楽しく和気あいあいと健康
増進に頑張って下さい」とあいさつ。
 競技では100M走や1600M
リレー、2世、3世、4世(幼児全員)
らによるお菓子ひろいなど、またミ
ズ ン ー 競 争、 綱 引 き や ギ ッ チ ョ ウ、
ワーガニなど多種にわたり競技を楽
しんだ。
11
23
48
 競技の結果、嶺間会が3連覇を成
し遂げ凱旋をおこなった。
 去る10月17日「マッツー」の日に仲筋字会は総会を開き25年度の会
計報告や活動報告を行った。また役員改選では次の通り選任された。
字会長:垣花  満  副会長:豊見山 登
庶 務:志堅原 誠  会 計:大城 克憲
監査役:大城 幸盛 高江洲政隆
字仲筋
2区長が交代
仲筋字会新役員紹介
新区長紹介
平成26年12月1日
広報たらま
第48回ふしゃぬふ大運動会
在沖多良間郷友会
土原区長
浦崎 朝宏
天川区長
池間 雅英
(10)
ガス専用JA多良間  090-6859-235525
79-2623
79-2503
おくやみ 字仲筋 高江洲 勇 平成26年10月31日(82歳)
(  )内は前月比
字仲筋 大浦カマド 平成26年11月4日(97歳)
短 く て、 夜 が 一 番 長 い 日 で あ る。 冬 至 の 日
  月 日 は 冬 至( 多 良 間 で は ト ゥ ン ジ ー
と い う )で あ る。 一 年 の う ち で 昼 間 が 一 番
す る。 太 陽 の 復 活 と 月 の 復 活 が 重 な る、
限まで弱まった太陽が復活することを意味
な っ て い く 日 で も あ る。 つ ま り、 冬 至 は 極
い 日 な の で、 冬 至 を 境 に こ れ か ら 陽 が 長 く
を 境 に 冬 の 寒 さ が 一 段 と 深 ま る。 冬 至 と 対
年と7ヶ月らしい)し
ん ど 見 え な い 状 況 で あ っ た。 そ ん な 時 は 空
わ け で は な か っ た。 外 を 歩 く と き 前 は ほ と
た。 電 気 は な く、 懐 中 電 灯 も 各 家 庭 に あ る
た。 道 路 側 も ほ と ん ど が 福 木 で 覆 わ れ て い
当時は屋敷の周りは福木の木で囲まれてい
真っ暗闇となった。電気のない時代である。
沈 む ぶ ん 夜 が 早 い。「 正 月 え ー む 」と 言 っ て
供 え し た 記 憶 が あ る。 こ の 日 は 早 く 太 陽 が
た。 子 ど も の 頃、 ジ ュ ー シ ユ ー を 炊 い て お
  多 良 間 で は、 冬 至 の こ と を「 ト ゥ ン ジ ー
ガ マ 」と も 言 い、 別 名「 イ ミ 正 月 」と も 言 っ
う。
の日照時間はおよそ5時間の差があるとい
く て、 夜 が 一 番 短 い 日 で あ る。 冬 至 と 夏 至
い う )で あ る。 一 年 の う ち で 昼 間 が 一 番 長
もあるようです。
け ば 地 震・ 日 照 り・ 大 雨 」と い う 言 い 伝 え
 「 冬 至 に 天 気 が よ け れ ば 翌 年 は 豊 作 」「 冬
至に雷が鳴れば雨が多い」
「冬至に南風が吹
したと言われている。
至 」に 国 家 の 繁 栄 を 願 い、 盛 大 な 祝 宴 を 催
  第 代 持 統 天 皇 は、 こ の 年 7 ヶ 月 に 一
度 の よ み が え り の 象 徴 と さ れ る、「 遡 旦 冬
催し盛大にお祝いをしたという。
じ ら れ、 遡 旦 冬 至 を 祝 っ て、 宮 中 で は 宴 を
  昔 中 国 で は 年 に 一 度、 遡 旦 冬 至 が 予 測
通 り に 訪 れ る と 言 う こ と は、 す ば ら し い 王
至」なのだ。
か 訪 れ な い お め で た い 日、 そ れ が「 遡 旦 冬
年に一度(正確には
を 見 な が ら 歩 い た。 福 木 と 福 木 の 間 か ら 見
 「 遡 旦 冬 至 」の め で た い 日 を 機 に 多 良 間 村
の ゆ が ぷ ー 繁 盛、 村 民 の 無 病 息 災・ 喜 内 繁9?? 空 は や や 明 る く 見 え た。 空 を 見 る こ と で
  今 年 は、 年 に 一 度 し か 訪 れ な い「 遡 旦
冬 至( さ く た ん と う じ )」と い う、 と っ て も
プカギ」と言った。
盛を祈念します。
極 に あ る の が 夏 至( 多 良 間 で は カ ー ツ ー と
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道 路 に 沿 っ て 歩 け た の だ。 こ れ を「 テ ィ ン
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お め で た い 特 別 な 日 で あ る。「 遡 旦 冬 至 」は
新 月 と 冬 至 が 重 な る 希 少 な 日 で あ る。 新 月
は こ れ か ら 満 月 に 向 か っ て 満 ち て い く、 月
の 復 活 を 意 味 し ま す。 冬 至 は 昼 間 が 最 も 短
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が正しい政(まつりごと)を行っていると信
(11)
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停 電 沖縄電力多良間営業所 79-2147
2件
◆救急車出動
救急車要請 総務財政課(消防) 79-2619
1件
   
◆ヘリ搬送
79-2162
歯科診療所医師
◆時間外救急受付 8件
79-2623
(3)役場住民福祉課
救急車要請 :
79-2619
急病人時間外:
090-6862-6490
断 水 役場住民福祉課
死 亡
転 出
警 察 官 派 出 所 (79-2010)110番月0679-2101
多良間診療所
急病人(1)
総世帯数 520( 1)
総人口
1,230(ー1)
男 661
女 569
区 別
人 口
世帯数
70( 0) 32( 0)
土 原
100(- 1) 42(- 1)
天 川
112(- 2) 52( 0)
津 川
77( 0) 31( 0)
宮 良
152( 1) 66(  0)
嶺 間
198( 3) 92( 3)
大 道
301(- 3) 116(- 1)
大 木
215( 1) 85( 0)
吉 川
5( 0)
水 納
4( 0)
家畜疾病 役場産業経済課
出 生
転 入
火 災 村 消 防 (79-2619)119番
(平成26年11月末現在)
090-6862-6490
(2)
時間外
救急に関すること
(11月)
緊急ダイヤル
世 帯 数 と 人 口
11
平成26年12月1日
広報たらま
広報たらま
伊良皆 秀安様(沖縄県西原町在)  照屋 次男様(沖縄県豊見城市在)
寄付金のお礼
ありがとうございました。
村長のたうけーむぬゆむ゜
(ひとりごと)
援や宮古島へ食糧調達に渡
☆今年一年を振り返って見
航の際、天候悪化で石垣島へ
ると、去る1月6日に多良間
村消防団が出初め式を行い、 漂 着 し た 多 良 間 の 人 々 を 手
厚く保護し助けた史実があ
一年間の安全と安心・無災害
り、石垣島の方々への恩を刻
を 願 っ た。そ の 後、多 良 間 村
む た め「 感 謝 の 碑 」が 建 立 さ
( 伊 良 皆 光 夫 村 長 )主 催 に よ
れた。
る新春の集いを初開催。塩川
☆4月 日、村制施行百周年
集落センターにおいて、多く
を記念した第 回多良間村・
の村民や関係各機関が参加
各郷友会交流グラウンドゴ
し新年の抱負を互いに語り
ルフ大会が開催。グラウンド
合い相互の親睦を図った。
ゴルフ大会をとおして「親島
☆1月 日、平成 年の初セ
と 各 郷 友 会 」が 交 流・親 睦 を
リが開催、子牛のセリ値が最
図り、互いの絆を確認し合い
高六十万円余と先行き良い
兆 し と な り 畜 産 農 家 は ほ く 「 ふ る さ と 」の 素 晴 ら し さ を
再発見することを目的とし
ほ く 顔 で あ る。ま た、こ の 一
た。
年高値傾向で取引されてい
る。
  ま た 伊 良 皆 村 長 は、初 の
☆3月 日、多良間村制百周 「多良間島サミット」を開催。
石垣在、在宮古、在沖、NPO
年記念事業の一環として、隣
ふしゃぬふ法人代表らが出
の 石 垣 市 に「 感 謝 の 碑 」を 建
席し、多良間村の将来に向け
立 し た。1 7 7 1 年、明 和 の
た意見や提言などが出され
大津波で多良間島民は多く
た。
の尊い命が奪われ、大きな被
☆6月 日、沖縄県農林水産
害を受けたと言われる。そん
部は多良間村のサトウキビ
な多良間島に対し食糧の支
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平成26年12月1日
広報たらま
編集後記
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生産者252人を、環境保全
型農業に取り組む農家「エコ
ファーマー」を新規で認定し
た。島ごとエコファーマーは
県内では初めての例。堆肥や
緑肥・有機物等による土づく
りや化学肥料・農薬等の使用
低減の導入、環境に優しく持
続性の高い農業生産方式に
取り組む農家を沖縄県が認
定したことは大変誇りであ
り、日本一の黒糖生産への励
みになる。
☆村制百周年記念事業に伴
い、当 地 キ ャ ラ ク タ ー「 た ら
ぴ ん 」が 9 月 日、村 役 場 で
お披露目した。「たらぴん」は
住民福祉課で住民登録手続
きをし、1125人目の多良
間村民として住民基本台帳
に 登 録 さ れ た。「 た ら ぴ ん 」
はこれからもいろんな場所
へ出かけ多良間島のPRを
行っていく。
☆多良間島には大きな祭り
が「スツウプナカ」
「八月おど
30
り」(来年の八月踊りは9月の
5連休である)がある。数多く
の ス ポ ー ツ 行 事 の な か で も、
たらま島一周マラソン大会が
あ り、年 々 参 加 者 が 増 え て き
た。健 康 増 進 や 体 力 維 持 に は
毎日のトレーニングは欠かせ
ないものである。
☆今年は各郷友会長へ広報た
ら ま 掲 載 を 依 頼 し た と こ ろ、
快く頂き感謝、感謝である。
 八重山在多良間郷友会長の
山城吉博氏を皮切りに在宮古
多良間郷友会長の名城常一
氏、在 沖 多 良 間 郷 友 会 長 の 亀
川 博 薫 氏、関 西 多 良 間 郷 友 会
長 の 下 地 勝 二 氏、東 京 多 良 間
郷 友 会 長 の 土 井 幸 子 氏、あ り
がとうございます。
てるけん

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