ジモトビラロゴ

5平成26年月号平成26年5月1日発行広報o482...沖縄県多良間村2015/02/07

ファイルダウンロード

テキスト引用

5
平 成 26年
月号
平成26年 5月1日発行
広報
No.482
発行/多良間村役場・編集/総務財政課広報係 〒906-0692宮古郡多良間村字仲筋 99-2☎ 0980-79-2011
生まり島
 親島大会で
   郷友集う!
「日本で最も美しい村」連合に加盟
しています。
多良間村は、
3…

…村は、
39番目の
八重山在郷友会 様   石垣市役所 様
「感謝の碑」建立除幕式及び祝賀会への寄付金のお礼
明和の大津波で「感謝の碑」 石垣市に建立
 平成 年 月 日多良間村百周年
記 念 事 業 の 一 環 と し て、 石 垣 市 中 央
運 動 公 園 内 に「 感 謝 の 碑 」を 建 立 し
た。 こ れ は、1771年、 明 和 の 大
津波において多くの尊い人命が奪わ
れ、大きな被害を受けたと言われる。
そんな多良間島に対し食糧の支援や
宮 古 島 へ 食 糧 調 達 に 渡 海 の 際、 天 候
悪化で石垣島へ漂着した多良間島の
人々を手厚く保護し助けた史実があ
り、 石 垣 島 の 方 々 へ の 恩 を 刻 む た め
「感謝の碑」を建立した。
 「 感 謝 の 碑 」建 立 除 幕 式 で は、 伊 良
皆 光 夫 村 長・ 中 山 義 隆 市 長 を 始 め 村
議 会 や 各 団 体・ 石 垣 市 在 住 の 郷 友 会
が出席しました。
  伊 良 皆 村 長 は「 こ の 感 謝 の 碑 の 建
立 除 幕 は、 多 良 間 村 民 や 八 重 山 在 郷
友 会 か ら の 感 謝 を 表 し た も の で す。
受 け た 恩 を 石 に 記 し、 石 垣 へ の 感 謝
の心をいついつの世までも続けてい
きたい。」とあいさつした。
  そ の 後、 石 垣 市 内 の ホ テ ル に お
い て 記 念 式 典 が あ り、 伊 良 皆 村 長
が中山市長へ碑文と感謝状を贈呈
し た 。祝 賀 会 で は 多 く の 郷 友 の 方 々
が出席し余興を楽しみながら交流
を深めた。
▲明和の大津波石(ウプドゥマリ゜海岸)
平成26年5月1日
広報たらま
▲右から中山義隆石垣市長・伊良皆光夫村長・羽地正弘記念建立実行委員長
26323
ありがとうございました。
(2)
☆漂着した多良間島の人々と役人
 の対応
  そ こ で、 多 良 間 島 の 役 人 は、 飢
え に 苦 し む 島 人 を 救 う た め、 公 用
の山原船二艘に二二一人の人々
を 乗 せ て、 一 七 七 一 年 十 月 十 七
日、 宮 古 島 に 向 け 送 り 出 し た が、
あ い に く 天 候 が 悪 く な り、 そ の 船
は 翌 十 八 日、 石 垣 島 に 漂 着 し て い
る。漂着した場所は、桃里村の「通
(トゥーリーィ)津口」である。
 その報告を受けた八重山の役人
は、 漂 着 し た 人 々 に 粥( か ゆ )を 用
意 し、 ま た は 飢 え て 病 ん で い る 人
は 医 者 が 治 療 す る な ど、 す み や か
に 救 助 の 手 配 を し て い る。 た だ、
そ の こ ろ の 八 重 山 も、 や は り 大 津
波 の 被 害 の 影 響 で、 上 納 米 や 食 料
もおぼつかない状況であった。
 そのため多人数の食料調達を長
く 続 け、 い た ず ら に 蓄 え た 米 を 食
べ 尽 く し て し ま っ て は、 宮 古、 八
重山の両方にとっても良くないと
の 役 人 の 判 断 か ら、 体 力 が 回 復 し
た人々を各村々に配置して共に働
かせ、食料確保に努めさせている。
  ま た 老 人 や 回 復 の 遅 い 病 人、 子
ど も に は 一 日 一 合 五 勺、 副 食 三 勺
ず つ を も 分 け て い る。 さ ら に 多 良
間島に残っている人々も飢えてい
る と 聞 き、 人 命 に か か わ る こ と で
も あ り、 そ れ ら の 人 々 へ の 食 糧 分
も調達している。
  石 垣 島 と 多 良 間 島 は 海 を 隔 て る 出 て、 合 計 一 五 〇 人 余 の 人 々 が 亡
こ と、 お よ そ 三 二 キ ロ。 晴 れ た 日 く な る と い う 逼 迫 し た 状 況 と な っ
に は、 互 い の 島 影 が 見 え る 距 離 に ていた。
あ る。 そ の 近 し い 距 離 を 背 景 に、
古くからいろいろと往来のあった
ことが伝えられている。
 そのなかにあって、今から二四三
年 前、 多 良 間 島 が、 大 飢 饉 と な っ
たときの新たな史料が今回発掘さ
れ た。 そ の 史 料 は、 多 く の 多 良 間
島の人々が必死の思いで救助を求
め て 渡 海 し、 石 垣 島 に 漂 着 し た こ
となどを、より詳細に記している。
その史料と内容を紹介する。
☆多良間島の大飢饉
  そ れ を 記 し た 史 料 は、「 大 波 寄
揚候次第」
(おおなみよせ)
〈り〉あ
が り そ う ろ う し だ い )で、 豊 川 家
( 豊 川 敏 彦 氏 )に 所 蔵 さ れ て き た も
のである。
  二 四 三 年 前 と い え ば、 い わ ゆ
る「 明 和 の 大 津 波 」の あ っ た 年
(一七七一年)である。
  史 料 に よ れ ば、 そ の 年、 多 良 間
島 は 大 津 波 の 甚 大 な 被 害 に 加 え、
その後の二度に渡る台風などによ
り サ ツ マ イ モ の 蔓 も 枯 れ、 大 飢 饉
の年を迎えていたとされている。
  多 良 間 島 の 人 々 は、 宮 古 島 に 救
助 を 求 め、 飢 饉 の 際 の 蓄 え と し て
いた米を調達し、それに(デイゴの
葉 か )な ど を 混 ぜ て 食 べ 飢 え を し
の い で い た が、 そ の 調 達 も 天 候 ま
かせの海上輸送のため思うように
い か ず、 配 給 さ れ て い た 食 料 が 底
を 尽 き、 毎 日 餓 死 者 が 四, 五 人 も
☆多良間島への帰島
 体力を回復したそれら多良間島
の 人 々 が、 よ う や く 帰 島 の 日 を 迎
え た の は、 翌 一 七 七 二 年 一 月 十 七
日 の こ と で あ る。 し か し、 食 糧 分
の 積 荷 が 増 え た こ と も あ っ て、 二
艘 の 船 に は、 一 六 九 人 し か 乗 れ ず
五〇人の人たちが残されることに
な っ た。 一 六 九 人 を 乗 せ た 山 原 船
二艘は一路多良間島へ向け帆を上
げ た。 と こ ろ が、 そ の と き も 天 候
に災いされて翌十八日に再び石垣
島に戻っている。
  そ の 後、 宮 古 島 か ら 飢 饉 用 の 米
が多良間島に届いたとの報告がも
た ら さ れ た こ と か ら、 借 り た 米 の
一 部 を 船 か ら 降 ろ し て、 そ の 空 い
たスペースに残っている五〇人を
乗 せ、 二 艘 に 分 譲 し た 人 々 が 多 良
間 島 向 け 出 帆 し た の は、 じ つ に 二
月 九 日 の こ と で あ っ た。 そ の と き
に 六 人 の 人 が 乗 り 遅 れ た。 故 意 か
不 可 抗 力 か は、 今 に な っ て は 分 か
ら な い。 そ の 人 た ち が 多 良 間 島 に
帰ったのは三カ月後の五月一日の
こ と で あ る。 一 一 〇 日 余 り( 乗 り
遅 れ た 人 は 一 九 〇 日 余 )の 石 垣 島
滞在ということになる。
  二 四 三 年 前 の こ の 時 期、 二 二 一
人 も の 多 良 間 島 の 人 々 が、 島 に
残っている飢えた人々のことを気
にかけながらも四カ月近くもの長
い 滞 在 を 余 儀 な く さ れ て い た。 そ
れらの人々に関する伝承はないの
で あ ろ う か。 は た し て、 ど の よ う
な滞在生活を送っていたのであろ
う か。 桃 里 村 は 廃 村 に な っ て 今 は
も う な い。 多 良 間 島 に こ の 飢 饉 を
乗り越えた人々の話は伝わってな
い だ ろ う か。 今 な お 歴 史 の 闇 に 包
まれている人々への興味は深まっ
ていく。
☆おわりに!
 今回新たに発掘された史料に
は、 ほ か に 多 良 間 島 の 百 姓「 仲 田
屋 た ま 」や「 よ そ か ん 屋 か ま た 」と
い う 二 人 が、 他 の 島 に 逃 げ な い よ
う厳しい取り締まりがなされるな
か、 そ れ で も 救 助 を 求 め て 必 死 の
思 い で ク リ 舟 を 漕 ぎ、 安 良 村 に 上
陸 し た。 そ こ で 安 良 村 の 役 人 は 急
い で 粥 を 炊 き、 介 抱 し た と い う こ
と な ど も 記 さ れ て い る。 逼 迫 し た
状況下での多良間島の人々の生へ
の渇望の姿が垣間見えるとともに
安良村の心温まる役人の姿も浮か
び上がってくる。
 公用の山原船で漂着した二二一
人 の 人 々 と 合 わ せ て、 そ の 後「 仲
田 屋 」「 よ そ か ん 屋 」の 方 々 が ど う
な っ た の か、 安 良 村 も 廃 村 と な っ
て し ま っ て い る 今、 多 良 間 島 で の
伝承が残っていればと思う。
  石 垣 島 に は、 タ ラ マ ダ ー( 多 良
間田)・タラマオン(多良間御嶽)・
タラマンニー(多良間嶺)など多良
間と関連する地名もある。
 今後それらも含めて広く石垣島
と多良間島との交流の歴史を一つ
一 つ ひ も と い て い け ば、 ま じ か に
見える島がもっと身近に感じられ
てくるものと思う。
 八重山在「松村順一氏」の
八重山毎日新聞掲載より
(3)
平成26年5月1日
広報たらま
石垣島に漂着した多良間島の人々
去 る 月 日 多 良 間 村 役 場( 伊
良 皆 光 夫 村 長 )に お い て 、 初 の
「 多 良 間 島 サ ミ ッ ト 」が 開 催 さ れ
た。 サ ミ ッ ト に は 伊 良 皆 村 長 を
は じ め、 在 宮 古 郷 友 会 長 の 名 城
常 一・ 前 会 長 の 渡 久 山 春 吉・ 在
沖 郷 友 会 長 の 本 村 博 司・ N P O
法人ふしゃぬふネット代表の長
浜 隆 夫・ 各 課 長 ら が 出 席 し、 意
見などが出された。
伊 良 皆 村 長 は「 多 良 間 村 が 今 抱
えている課題や将来に向けての意
見 等、 島 で は 気 づ か な い 点 が 多 々
あ る と 思 う。 島 外 か ら 見 た 意 見 や
提 言 等 を お 願 い し た い。 今 後、 多
良間村は大きなプロジェクトを控
え て お り、 ど の 方 向 に 進 む か 模 索
しながら頑張っているところであ
る」とあいさつした。
そ の 後、 役 場 か ら 国 営 土 地 改
良 事 業 の 進 捗 状 況・ 農 村 整 備 計
画・ 沖 縄 振 興 一 括 交 付 金 に 関 す
る 事 業・ 多 良 間 石 垣 航 空 路 線
の再開などについて説明が行わ
れ た。 出 席 者 か ら は、 人 材 育 成
へ の 支 援、 歳 で 島 を 出 る 子 ど
もらとの関係支援や島の環境保
全 な ど の 意 見 等、 ま た 若 者 が 島
を離れていくと高齢化していく、
島の文化の担い手の育成や島外
との交流を数多く持つことによ
り島の発展に繋がるなどの意見
が出された。
多良間村・各郷友会交流
  グラウンドゴルフ大会回20第平成26年5月1日
広報たらま
故郷の課題に意見
郷友代表らと初のサミット!426
15⇔故郷多良間「生まれ島」
「親島」へ郷友一堂に集う
(4)
  去 る 月 日、 村 制 施 行 百 周 年 を 記 念 し た
第 回 多 良 間 村・ 各 郷 友 会 交 流 グ ラ ウ ン ド ゴ
ル フ 大 会 が 高 穴 G ゴ ル フ 場 で 開 催 さ れ た。 こ
の 大 会 は グ ラ ウ ン ド ゴ ル フ・ 交 流 会 を と お し
て 、「 親 島 と 各 郷 友 会 」間 の 交 流 ・ 親 睦 を 図 る
と と も に 、 お 互 い の 絆 を 確 認 し 合 い 、「 ふ る
さ と 」の 素 晴 ら し さ を 再 発 見 す る こ と を 目 的
としている。
  開 会 式 で 伊 良 皆 光 夫 村 長 は「 ふ る さ と 生 ま れ
島 で 各 郷 友 の 皆 さ ん が 集 い、 グ ラ ウ ン ド ゴ ル
フ を 楽 し み な が ら 絆 を 深 め 交 流 を し て ほ し い。
島 で は い ろ い ろ な 事 業 が 進 ん で い る。 環 境 に
優しいエコファーマーや製糖工場の新築計画
も あ る。 村 民 の ご 理 解 と 協 力 で 成 功 さ せ「 ゆ か9?? 村 」を 目 指 し て い き た い。 今 日 は 楽 し み な が
ら頑張っていきましょう。」とあいさつした。
  プ レ イ は、 伊 良 皆 村 長、 在 宮 古 多 良 間 郷 友
会 の 名 城 常 一 会 長、 在 沖 多 良 間 郷 友 会 の 本 村
博 司 会 長、 八 重 山 在 多 良 間 郷 友 会 の 羽 地 春 秀
さんが始球式を行い競技が始まった。
26
  昼 食 は「 や ぎ 汁 」が ふ る ま わ れ、 終 了 後 は 多
良間小学校体育館でふれあい交流会と団体や4個人男女上
位入賞者の表
彰式が行われ
た。 結 果 団 体
優勝は多良間
村が優勝旗を
獲 得 し た。 来
年第 回大会
は宮古島で開
催される。
(5)
20
21
平成26年5月1日
広報たらま
▲4郷代表による始球式
個人結果は次のとおり
男子10位まで        女子10位まで
1位:糸数  隆(在 沖)  1位:渡口 トミ(たらま)
2位:砂川 武彦(たらま)  2位:多良間シズ子
3位:渡口 繁男(たらま)  3位:狩俣百合子(たらま)
4位:山川 和雄(たらま)  4位:下地 まり(たらま)
5位:奥平 博昭(たらま)  5位:伊良皆和枝(たらま)
6位:花城 保夫(たらま)  6位:大城 洋子(たらま)
7位:下地 真人(たらま)  7位:垣花 正子(たらま)
8位:多良間恵信(たらま)  8位:運天 朝子(たらま)
9位:桃原  宏(在 沖)  9位:豊里 チエ(たらま)
10位:嘉味田新一(たらま)  10位:村吉 末子(在宮古)
*ちゃあがんじゅう賞
 髙江洲良要(たらま85歳) 来間トミ(在沖88歳)
広報たらま
平成26年5月1日
人権相談所開設
「6月13日」
★春の行政相談所開設★
――6月13日(金)――
◎相談内容
人権・法務なんでも相談
相談内容
医療保険、年金、老人保健・福祉、雇用
保険、交通安全、戸籍、道路、環境衛生、
登記、窓口の応対、障害者への配慮
などなんでもどうぞ
近隣とのトラブル・家庭内のもめ
ごと・いじめ・体罰に関する問題・
離 婚・扶 養・等の人権相 談に応
じます。
◎行政相談委員が相談に応じています。
(相談は無料で、秘密は固く守ら
相談は無料、秘密は守ります。 れます・)
行政相談委員は羽地邦雄さんです。
(総務大臣委嘱)
連絡先TEL.79-2023
巡回行政相談所
日 時:平成26年6月13日(金)14:00~16:00
場 所:多良間村役場1階会議室
◎国民と行政を結ぶホットライン
総務省沖縄行政評価事務所の行政苦情110番
℡0570‐090110 098‐(867)1100
(受付時間は、平日の8:30~ 17:15??で。時間外は留守番電話対応)
~無料法律相談会~
 憲法習慣記念行事の一環として無料法律相談
会を下記の通り行いますので、お気軽にご利用く
ださい。
◎日  時:5月29日(木)
 受付時間:午前9時50分~午後3時まで
*相談件数によっては、早めに受付を終了する場
 合があります。
◎会  場:那覇市ぶんかテンブス館3階会議室
      (那覇市牧志3-2-10)
◎相談担当者:弁護士、裁判所職員、法務局職員、
       検察庁職員
◎相談の種類
 法律相談(民事、家事)、事件相談(告訴、告
 発等)、人権相談、登記関係相談、訴訟手続
 等(民事、家事)、調停相談(民事、家事)
♦問い合わせ先
〒900-8567 那覇市桶川1-14-1
那覇地方裁判所事務局総務課広報係
電話:098-918-3317
(直通)
広報たらま
寄付金のお礼
日 時:平成26年6月13日(金)
場 所:村立図書館 2階
時 間:午後1時30分~
    3時30分
担 当:多良間村人権擁護委員
    *垣花奈緒子 
    *手登根健市
放送大学
10月生募集のお知らせ
放送大学では、平成26年度第2学期(10
月入学)の学生を募集しています。
 放送大学はテレビ等の放送やインター
ネットを利用して授業を行う通信制の大
学です。
 心理学・福祉・経済・歴史・文学・自
然科学など、幅広い分野を学べます。
出願期間は8月31日です。
資料を無料で差し上げています。
お 気 軽 に 放 送 大 学 沖 縄 学 習 セ ン ター
(TEL098-895-5952)までご 請 求くだ
さい。
放送大学ホームページでも受け付けてお
ります。
桃原 宏(日光舎ランドリー)様(那覇市在)
ありがとうございました。
(6)
広報たらま
平成26年5月1日
風しん抗体検査事業の実施について ~宮古保健所~
1.概要
 風しんは、平成 25年に、全国で累計14,357例の報告があり、風しんが全数報告疾患となった平成 20年以降(平成
20年~平成 25年)では最も多い報告数となりました。
 また、沖縄県内では52例、宮古保健所管内では2例の報告がありました。
 抗体を持たない又は抗体価の低い妊婦が風しんにかかると、赤ちゃんに難聴や心疾患、白内障や緑内障などの障
害(先天性風しん症候群)が起こる可能性があります。
 沖縄県では、先天性風しん症候群(CRS)の予防のために、風しん抗体検査を無料で受けられる体制を整備しました。
つきましては、宮古保健所における風しん抗体検査を下記のとおり実施しますので、周知方よろしくお願い致します。
2.実施内容 
 先天性風疹症候群(CRS)の予防のため、無料で風しん抗体検査を実施する。
3.実施期間 
 平成26年5月13日から平成27年3月31日
4.検査実施曜日及び時間 
 毎週火曜日・木曜日(祝祭日は除く) 午前9時~ 11時、午後1時~3時 ※予約不要
5.検査実施場所 宮古福祉保健所 1階検査室 6.検査対象者
 県内に居住(那覇市を除く)する次のいずれかに該当する方。
 (1)主として妊娠を希望する女性(妊婦は除く)及びその配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同
   様の事情にある者を含む (別添1))。
 (2)風しんの「抗体価が低い」妊婦の配偶者(別添1)。
 (3)上記以外の同居者(生活空間を同一にする頻度が高い者)
 (4)ただし、過去に風しん抗体検査を受けたことがある者、明らかに風しんの予防接種歴(3期、4期)がある者、
   若しくは検査で確定診断を受けた風しんの既往歴がある者は除く。
7.検査方法
 問診及び採血により検査します。
 (1)必要書類
   住所等を証明する書類(運転免許証、健康保険被保険者証、住民票など) 妊婦の風しん抗体検査結果
 (2)検査結果
   2週間以内に、再来所または郵送により通知します。
6月1日~ 7日は『HIV検査(エイズウイルス検査)普及週間』です!
「受けて安心、知って安心、エイズ検査」
●沖縄県のHIV感染者数・AIDS患者数(2013年11月末の数値)
  ・過去の累計は249件(ここ5年間で 96件)
  ・沖縄県は平成18年度から重点対策指定自治体です。
  (全国で20自治体)
  ・2012年の人口10万人対新規報告数でみると、HIV
  感染者は全国5位、AIDS患者数は全国6位
  ・20代~50代の男性に多い。
●エイズは早期発見、早期治療により発症をかなり遅ら
 せることが可能です。発症を遅らせることにより通常の生活ができます。
<宮古保健所>
無料・匿名・即日検査
週間中の検査日:6月2日(月)~6日(金)
        午前9時~11時 午後1時~3時
場 所:宮古保健所 1階 検査室
電 話:73-5074予約不要
検査は県内どこの保健所でも受けられます!
(7)
 去る 月 日多良間村営ゲートボール場
に お い て、 3 世 代 ゲ ー ト ボ ー ル 大 会 が 開 催
さ れ た。 ゲ ー ト ボ ー ル を 通 し て 親・ 子・ 孫
が 一 緒 に な り、 青 空 の 中 ス テ ィ ッ ク を 振 り
キナイの絆を強めた。
 「 ゲ ー ト ボ ー ル を 通 し て、 3 世 代 が 一 つ
に な り、 楽 し く 心 の 和 を 広 げ 絆 を 深 め る と
ともに、健康で明るい地域づくりを目指す」
ことを目的で毎年開催される。
  開 会 式 で 友 利 哲 市 教 育 長 は「 3 世 代 ゲ ー
ト ボ ー ル 大 会 は 多 良 間 村 に し か な い、 ゲ ー
ト ボ ー ル を 通 し て オ ジ ー・ オ バ ー 孫 達 と の
更 な る 深 い 絆 を 深 め て ほ し い 」と あ い さ つ
した。
  大 会 は、 人 1 チ ー ム の チ ー ム が 参 加
し 熱 戦 を 見 せ た。 各 チ ー ム 優 勝 を 目 指 し 互
いに激励しながら各ゲートを通過しながら
プレーを楽しんだ。
 梅雨に入りじめじめとした季節になりまし
た。 皆 様 は い か が お 過 ご し で し ょ う か。 不 定
期でお届けしている保健師からのお知らせで
すが、今回は健康教室のご案内をします。
  健 康 教 室 は、 一 般 向 け( 栄 養 教 室 及 び 体 操 教
室 )、 高 齢 者 向 け( 栄 養 教 室 及 び 体 操 教 室、 村
社 協 主 催 の ふ れ あ い サ ー ビ ス )と 実 施 し て い ま
す。 一 般 の 教 室 は 村 内 放 送 や メ ー ル マ ガ ジ ン
に て、 高 齢 者 の 教 室 は 各 地 区 の 老 人 ク ラ ブ 女
性委員の皆様に通知をお願いしてご案内して
います。
  ま た、 講 師 に は そ れ ぞ れ 専 門 の 方 を お 招 き
し て、 時 期 に 合 わ せ た 内 容 を 実 施 し て い ま す。
今 は テ レ ビ を 付 け た り、 イ ン タ ー ネ ッ ト を 見
た り す る と 様 々 な 情 報 が 手 に 入 る 時 代 で す が、
鵜 呑 み に し て 良 い 情 報 ば か り で は あ り ま せ ん。
気になることは直接講師に質問出来る貴重な
機 会 で す の で、 も っ と も っ と 有 効 に 活 用 し て
頂きたいと思います。
末永 明彦
▲一般向け栄養教室の様子(塩川集落センター)
295結果は次の通り
▲高齢者向け体操教室の様子(老人福祉センター)4優勝=天川Aチーム
準優勝=土原Aチーム
3位=大道Aチーム・吉川Fチーム
平成26年5月1日
広報たらま
キナイ(家族)の絆深める
第27回3世代ゲートボール大会
33
多重債務者無料相談制度のお知らせ
●多重債務者無料相談制度の内容
 沖縄弁護士会では、多重債務問題(借金問題)に関する無料相談を実施しております。
 同制度による無料相談をご希望の方は、下記電話番号
(沖縄弁護士会)までお電話の上、
「多重債務
(借金)
に関する無料相談を受けたい」旨お知らせ下さい。
 受付後、担当弁護士から相談者様へ電話にてご連絡しますので、相談日時を調整後、相談の実施となります。記沖縄弁護士会法律相談受付 098-865-3737
(「借金に関する相談」とお知らせ下さい。)
保健師からのお知らせ
(8)
広報たらま
平成26年5月1日
平成26年度沖縄県警察官A(大卒) 採用試験案内
第1次試験日:平成26年7月12日(土)・13日(日) 受付期間:平成26年5月7日(水)~5月20日(火)
*問い合わせ先:
沖縄県人事委員会事務局総務課 〒900-8570那覇市泉崎1-2-2(県庁行政棟2階) 電話(098)866-2545
沖縄県警察本部警務課 〒900-0021那覇市泉崎1-2-2代表電話(098)862-0110(内線)2667
*試験区分、採用予定数 ・警察官A ・沖縄県 39名程度
*職務内容 ・個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防・鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取
       締り、その他公共の安全と秩序維持の任務に従事します。
*受験資格 ・昭和60年4月2日から平成9年4月1日までに生まれた者
*学 歴  ・大学を卒業した者及び平成27年3月までに大学を卒業する見込みの者4月
緊急ダイヤル
世 帯 数 と 人 口
(平成26年4月末現在)
火 災 村 消 防 (79-2619)119番
総世帯数
527( 9)
総人口
1,257( 23)
男 673
女 584
区 別
人 口
世帯数
72( 11) 31( 3)
土 原
107( 1) 45( 0)
天 川
117(- 1) 55( 3)
津 川
86(- 2) 33( 0)
宮 良
148( 1) 65( 2)
嶺 間
199( 0) 90(- 1)
大 道
305(- 1) 117(- 2)
大 木
218( 14) 87( 4)
吉 川
5( 0)
水 納
4( 0)
出 生 0
転 入 35
警 察 官 派 出 所 (79-2010)110番
多良間診療所
急病人(1)
(2)
時間外
79-2101
090-6862-6490
(3)役場住民福祉課
79-2623
救急車要請 総務財政課(消防) 79-2619
歯科診療所医師
79-2162
停 電 沖縄電力多良間営業所 79-2147
死 亡 2
転 出 10
断 水 役場住民福祉課
79-2623
家畜疾病 役場村づくり課
79-2503
ガス専用JA多良間  090-6859-2355
(  )内は前月比
おくやみ
字塩川 友利 サダ 平成26年4月19日(89歳)
字塩川 知念 トヨ 平成26年4月22日(92歳)
多良間駐在所よりのお知らせ
運転免許証の更新について!
*多良間で更新できます。
*検査は駐在所で行います。
(視力検査等)
*講習は年に2回行います。
(6月・1月 予定)
連絡先:多良間駐在所(比嘉利昌)
電話:79-2010
救急に関すること(4月)
◆時間外救急受付 23件
◆救急車出動
0件
◆ヘリ搬送    0件
救急車要請 :79-2619
急病人時間外:090-6862-6490
4月牛セリ結果(26年4月19日実施)
◇全体
成立頭数
成立(%)
販売価格(円)
去 勢
108
108
100
100,152,720牝111
111
100
32,460,750
合 計
219
219
100
84,743,400
区 分
一 頭 あたり
区 分
上場頭数
◇12??月以内
去 勢
595,080円
315,360円
236kg
481,650円
最高
最低
平均体重
平均価格牝523,800円
177,120円
233kg
433,644円
広報たらまのCD-ROMを  
販売しています
多良間村役場では、
「広報たらま」のバックナンバー
(平成8年11月〜平成16年12月まで)を収録したCD-ROMを販売しています。
動作環境:Windows2000/XP/Vista??どWindowsPC
■定価2,500円
多良間村役場
(送料別) 詳しくは、
(9)
0980-79-2011??で。
平成26年5月1日
広報たらま
あなたの1 本 で
島を花と緑に
 去る 月 日に多良間
村・ ふ る さ と を 楽 園 に し
た い 会、 森 林 ボ ラ ン テ ィ
アの「木頭会」が多良間農
村公園内(約1町歩)に記
念の森作りに取り組むこ
とになり、「希望の森」の
看板を建て植樹をした。
 ふるさとを楽園にした
い 会( 代 表 世 話 人  豊 里
勝 一 )は こ れ ま で 島 内 に
1 5, 0 0 0 本 を 超 え る
植 樹 を し て お り、 各 戸 や
学 校、 道 路 沿 い に 植 え て
あ る。 今 後、 毎 年 の 生 年
祝 い の 合 同 植 樹、 小 中 学
生 入 学 時・ 進 学 時 の 親 子
植 樹、 観 光 記 念 植 樹 な ど
を呼びかけている。427
村長のたうけーむぬゆむ゜
(ひとりごと)
  二 十 四 節 季 の 一 つ「 小 満 」今 年 は 5 月
日であった。
  シ ョ ウ マ ン と 言 え ば 私 達 は 大 雨・ 長
雨 を 連 想 す る 。 と こ ろ が 、「 小 満 」の 本
来 の 意 味 は、 麦 の 穂 が 次 第 に 大 き く な
り、 少 し だ け 満 足 す る と い う 意 味 ら し
い。 な ぜ、 少 し だ け 満 足 す る か と 言 え
ば、 ま だ 収 穫 に は 至 っ て い な い の で、
大満足というわけにはいかないから
だ。 多 良 間 で は、 小 満 の 時 期 ま で に は
麦 は 収 穫 を 終 え る 頃 で あ り、 多 良 間 の
季 節 か ら す る と「 大 満 」と い っ て い い か
も 知 れ な い。 そ う い え ば、 麦 の 初 穂 を9神様に供えるという麦ぷーりは4月
日であった。
  食 べ 物 が 豊 富 な 今 の 時 代 と 違 い、 昔
は 穀 物 の 出 来、 不 出 来 は 命 に 直 接 か か
わ る 事 で あ っ た。 そ の た め、 農 作 物 を
収 穫 す る ま で は、 万 全 の 準 備 を 整 え、
種 ま き か ら 途 中 経 過 ま で、 事 細 か く 観
察 し、 適 切 に 対 応 す る 必 要 が あ っ た。
小 満 の 時 期 は 農 作 物 も 青 々 と し げ り、
生長もいちじるしい。
  多 良 間 で は、 一 年 の 豊 作 に 感 謝 し 迎
える年もまた豊年であることを願うス
ツ ウ プ ナ カ の 時 期 で も あ る。「 や っ か
や っ か 」の は や し は、 穀 物 の 穂 が 八 つ に
重 な る ま で、 実 る こ と を 意 味 し て い る
と言われている。今年も来年も年々歳々
豊作続きで「大満」であることを願う。
 「 小 利 を 見 れ ば 、 即 ち 大 事 に な ら ず 」
21
13
と い う 言 葉 が あ る 。「 小 利 」と は わ ず か
な 利 益 の こ と。 小 利 に こ だ わ っ た り、
焦 っ た り す る と、 大 き な 仕 事 は で き な
い、 と い う 意 味 で あ る。 急 い で い る
時 に は 近 道 や 危 険 な 道 は 避 け、 少 々 遠
くても安全で着実な方法をとるという
「 急 が ば 回 れ 」と い う 言 葉 と 、 僅 か な 利
益 を 得 よ う と し て、 か え っ て 大 損 し て
し ま う 意 味 の「 小 利 大 損 」を プ ラ ス し た
ような意味ととらえる。
  自 分 は こ う し た い、 こ う な り た い と
思 っ た ら、 行 き 当 た り ば っ た り で は な
く、 ま ず 長 期 の 目 標 を 立 て る。 そ し て
自 分 が 立 て た 目 標 に 着 実 に、 1 つ ず つ
こ な し て い く こ と が 大 切 で あ る。 長 い
人 生、 近 道 を ス ト レ ー ト に い く の も 良
い し、 少 々 回 り 道 が あ っ て も 良 い と 思
う が、 い ず れ に せ よ 常 日 頃 か ら 自 分 を
磨 き、 何 事 が お き て も 対 応 で き る よ う
な 体 制 を 整 え て お く こ と が 、「 大 満 足 」
と は い か な く て も「 小 満 」に は な り 得 る
ものと思う。
(10)
い て、 山 へ 行 っ て は 薪 取 り を し て、 こ
な ら な い と、 そ う い う 気 持 ち を 持 っ て
のようにこんな惨めな生活をさせては
弱 い 人 た ち を な ん と か し よ う と、 自 分
ど ん な に 苦 し い 生 活 を し て で も、 村 の
て も 恵 ん で い た そ う だ。 も う 自 分 は、
し て も 自 分 の 島 の 人 た ち に、 と て も と
そ ん な に 薪 取 り を し て、 そ れ で 生 活 を
を し て い た そ う で あ る。 け ど、 お 爺 は
薪 取 り を し て 来 て、 そ れ を 売 っ て 生 活
  あ る 村 に、 貧 乏 で 一 人 暮 ら し の お 爺
が い た そ う だ。 そ し て、 そ の お 爺 は、
ほんとに特徴のあるホクロだったらし
  そ し て、 そ の お 爺 は 他 人 と 変 わ っ て
顔 に ホ ク ロ が あ っ た よ う で す。 も う、
いたそうである。
墓標を立て香炉をおいて線香をあげて
の 人 た ち 村 の 人 た ち は そ こ へ 行 っ て、
ん な 亡 く な り 方 を す る と は 」と、 役 場
た ら し い。「 あ あ、 あ ん な お 爺 も、 あ
爺 が、 亡 く な ら れ て い る よ 」と 連 絡 し
爺 が、 よ く 弱 い 者 に 恵 ん で お ら れ た お
と、 見 つ け た 人 は 役 場 へ 行 き「 貧 乏 お
人を助けたお爺が亡くなられている」
人々も、立派な精神、きれいな心を持っ
が あ る の だ と、 そ れ か ら は 世 の 中 の
生 き て い け ば、 自 分 た ち も 報 わ れ る 時
  そ れ か ら 村 の 人 た ち は 皆 感 心 し て、
このお爺さんのような心を持ちながら
お就きになさっている。」と。
様 の 子 に 生 ま れ 変 わ っ て、 王 様 の 位 に
ら れ た の で、 あ の 世 へ 行 か れ て か ら 王
な が ら も 村 の 人 た ち を 助 け、 恵 ん で お
  そ れ か ら 島 の 人 た ち は「 あ あ、 あ ん
な に 生 き て お ら れ た 頃、 貧 乏 暮 ら し し
す。ホクロも全く同じ所にね。
爺に全くそっくりで似ていたそうで
(多良間村の民話より)
い。 そ し て、 そ こ か ら 通 る 人 た ち は、
恵 ん で お ら れ た の で、 あ の 世 へ 行 か れ
れを売っては恵まれない家の子どもた
  け ど あ る 時、 山 へ 薪 取 り に 出 か け、
薪 を 取 っ て 帰 る 途 中 で、 雨 も 降 り 風 も
た ら 立 派 な 仏 様 に な り、 極 楽 往 生 し て
て 互 い に 恵 み 合 い、 立 派 な 村 を 作 り 上
吹 い て い る の で、 家 へ 帰 れ な く な り、
下 さ い ね。 お 爺 さ ん 」と 手 を 合 わ せ て
お爺が亡くなった所に毎日線香をあ
そ の 薪 を 山 の 片 隅 に 置 い て、 そ の 下 で
皆 通 っ た そ う で す。 そ れ で、 そ の お 爺
ち に な ん と か 恵 ん で や り、 ま た 恵 ま れ
休 ん で い る と、 な か な か 雨 も や ま ず 風
は 生 き て い た 時 は、 あ ん な に 貧 乏 し な
げていったという話である。
も 止 ま な い の で、 そ の 晩 中 雨 に た た か
が ら 他 人 に 恵 ん で い た の で、 あ の 世 に
げ、手を合わしていたようである。
れ 風 に 吹 か れ て、 と う と う 亡 く な っ て
行 か れ て か ら、 そ の 島 の 王 様 の 子 と し
ない家の人たちにも恵んだりしている
し ま っ た そ う で す。 亡 く な っ て い る の
て 生 ま れ か わ っ て 来 た そ う で す。 そ の
お爺がいたそうである。
を 山 へ 来 た 人 が 見 つ け て、「 あ あ、 あ
王 様 の 所 で 生 ま れ た 男 の 子 が、 そ の お
  そ こ を 通 る 人 た ち は「 お 爺 さ ん、 こ
の 世 に お ら れ た 時 は 弱 い 者 達 を 助 け、
ん な に 貧 乏 暮 ら し を し な が ら も、 村 の
(11)
平成26年5月1日
広報たらま
のむか島まらた
し話②
王様に生まれ変わったオジイ
平成26年5月1日
広報たらま
編集後記
☆去った4月 日は穀
雨 で あ っ た。 少 々、 干
ばつ気味であったが・・・
し か し、 日 に 大 雨 が
降 り、 多 少、 畑 作 物 へ
の 潤 い が あ っ た。 昔 は
穀雨の雨が降るとお役
人 た ち は、 お 祝 い を し
たそうである。
☆明和の大津波で多良
間島は大きな被害を受
け た と 言 わ れ る。 当 時
石垣島の方々から食糧
の支援を受けるなど助
け ら れ た 恩 が あ る。 こ
れらに感謝を表すこと
で「 感 謝 の 碑 」を 建 立 し
た。 除 幕 式 と 祝 賀 会 へ
参 加 で き て、 感 謝 の 文
字に改めて感謝である。
☆各郷友交流グラウン
ド ゴ ル フ 大 会 が「 親 島 」
多 良 間 で 開 催 さ れ た。
久しぶりに里帰りした
皆さんは和気あいあい
とプレイし楽しい一時
を 過 ご し た で あ ろ う。
ま た、 来 年 の 宮 古 島 大
会での再会が楽しみ。
20
      てるけん
24

ファイルダウンロード